失くしたあなたの物語、ここにあります
「ひとりにしてよ」

 あきれるように吐き出して、悠馬はまろう堂の扉に手をかける。

 その背中が頼りない。まだ彼は高校生だ。沙代子が高校生のときはもっと自由に生きていた。彼が背負うものは重たすぎるのではないかと思う。

「姉さんには銀さんとの思い出があっていいよね」

 沙代子に背を向けたまま、悠馬はぽつりとつぶやく。

「あるじゃない、悠馬にも」

 悠馬と父の思い出はちゃんとあったじゃないか。

 父は毎年、悠馬の成長を喜び、彼に合う本を探して贈ってくれていた。その時は、父は悠馬のことだけを考えていたし、本を読んでいる時は悠馬も父の存在を感じていただろう。

 だけれど、一方では無理もないとは思う。悠馬が父に会ったのは、たった一度きりだ。思い出として話す出来事すらない、たった一度の。

「ないよ」
「悠馬……」

 沙代子は足を踏み出した。

 さみしそうな彼をほうっておけなくて、後ろから抱きつくようにして彼の背中にぶつかる。小さな体を包むように、胸の前へ腕を回す。

「悠馬はお父さんにそっくりだから。あなたは葵銀一の息子に間違いないの」

 本が好きなところも、ひょうひょうとした眼差しも、少し前屈みに歩くその姿も全部、父にそっくり。おかしくて、笑ってしまうぐらいに。

「姉さん……」
「なに?」

 居心地悪そうにしていた悠馬は身じろぎをあきらめて、ため息をつくように笑う。

「こういうのは彼氏にしてよ」




【第四話 『無色の終夜』を君へ 完】
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