失くしたあなたの物語、ここにあります
「うん、お父さんのお店を改装して。二十日通りは平日は閑散としてるんだけど、週末になると結構、人の流れがあるの。だから、土日だけ営業するつもり」

 そう言うと、彼は少々驚いたように沙代子を見た。

「土日だけ?」
「平日はね、お菓子教室を開こうと思ってる。それなら、私ひとりでも、細々とやっていけると思って」

 もともとは、別れた恋人とふたりで運営するつもりだった。当時はいろんなケーキを扱うパティスリーを夢見ていたけれど、今は違う。

 鶴川の人々を癒せる小さなケーキ屋さんが、沙代子の今の夢だ。パティシエになることを夢見ていた学生時代の自分が目指していたのは、そういうお店だったはずだ。

「ひとりでやるんだね。大変なことがあれば手伝うし、……ああそうだ、うららが葵さんのお店でアルバイトしたいって言ってたから、使ってやってよ」

 本気とも冗談とも取れる表情で彼は言う。

「ありがとう。おじさんやおばさんにも、農家さんを紹介してもらったりしてるの。うららちゃんにも協力してもらえるなら助かるよ」
「俺は銀一さんにたくさん助けてもらったから、恩返しするつもりだよ」

 天草さんはあたりまえのように言うのだ。

「お父さん、そんなに役に立ってた?」
「もちろんだよ。俺の淹れるハーブティー、たくさん飲んでもらったよ。お腹いっぱいでも、いつもにこにこしながら飲んでくれてたな」
「試飲してもらってたってこと?」
「祖母のハーブティーをよく知る人だからね。少しでもおばあさんの味に近づきたかったんだ」
「へえー、そうなんだね。ハーブティーの作り方はおばあさんに習ったの?」
「習ったって言うか、見よう見まねから、自分なりに勉強してって感じだよ」
「独学ってこと?」
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