失くしたあなたの物語、ここにあります
 通りを早足で歩く。胸がどきどきしている。どうして、今夜電話するだなんて言ったのだろう。用事があるときはいつもメールだし、電話なんて急用でもなければかけてこない。そのぐらい不自然な申し出が、詩音さんに聞かせるかのようだったのにも違和感があった。

「待ってっ」

 自宅へと向かう小道に踏み込んだ時、沙代子は女の人に呼び止められた。驚いて振り返る。そこには詩音さんがいた。あれほど、まろう堂へ入りたいとごねていたのに、沙代子を追いかけてきたようだ。

 何を話せばいいのかわからなくて、沙代子は黙り込む。彼女に対する感情は複雑だった。

「本当はあなたに会いたかったの」

 意外な言葉に、沙代子はうつむけていた顔をあげた。

「思い切って、ご自宅を訪ねてみたの。そうしたら、ご近所の方が葵さんならまろう堂にいるんじゃないかって教えてくれて。毎週月曜日は必ずまろう堂にいるそうね。志貴がいるときに会えるならちょうどいいと思って」

 沙代子はひるんだ自分に気づいた。詩音さんは天草さんを、『志貴』って呼び捨てするのだ。
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