失くしたあなたの物語、ここにあります



 やることがない、というのは面倒なものだ。何かやらなくてはと焦るし、何にもない自分が愚かに思えてくる。

 ずっと家にいたのでは何も前進しない。とにかく出かけようと靴を履いたものの、これといって行くあてもなく、向かうのはまろう堂だった。

「本を見せてもらう約束まだだし」

 何を言われたわけでもないのに、言い訳がましくつぶやいてしまう。見せてもらうも何も、あれは商品なのだから、まろう堂の客なら誰でも遠慮なく見ることができるのだけど。

 それでも沙代子は、天草さんに許可をもらったことが、客ではない、特別な存在と認められたような気がしてうれしかったのだ。

 まろう堂の扉を開けると、天草さんがテーブルの上のティーカップを片付けているところだった。

 広くない店内を見渡して、こちらに気づいて笑顔を見せる彼に声をかける。

「お客さん、誰もいないの?」
「今はね。ついさっき、全員帰られたよ。カウンター座る?」
「うん。本、見せてほしくて」
「そうだったね。本棚の前の席、どうぞ」

 本棚の中がよく見えるカウンター席に着くと、天草さんはメニュー表を差し出してくれる。

「ご注文は何になさいますか?」

 あらたまった接客をおかしく思いながら、おすすめメニューに目をとめる。先日、来店したときはなかったメニューだ。

「フレッシュカモミールがいただけるんですね。天草農園さんのカモミール?」
「そう。今の時期しかないから、おすすめだよ」
「じゃあ、それにします」
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