失くしたあなたの物語、ここにあります
*
やることがない、というのは面倒なものだ。何かやらなくてはと焦るし、何にもない自分が愚かに思えてくる。
ずっと家にいたのでは何も前進しない。とにかく出かけようと靴を履いたものの、これといって行くあてもなく、向かうのはまろう堂だった。
「本を見せてもらう約束まだだし」
何を言われたわけでもないのに、言い訳がましくつぶやいてしまう。見せてもらうも何も、あれは商品なのだから、まろう堂の客なら誰でも遠慮なく見ることができるのだけど。
それでも沙代子は、天草さんに許可をもらったことが、客ではない、特別な存在と認められたような気がしてうれしかったのだ。
まろう堂の扉を開けると、天草さんがテーブルの上のティーカップを片付けているところだった。
広くない店内を見渡して、こちらに気づいて笑顔を見せる彼に声をかける。
「お客さん、誰もいないの?」
「今はね。ついさっき、全員帰られたよ。カウンター座る?」
「うん。本、見せてほしくて」
「そうだったね。本棚の前の席、どうぞ」
本棚の中がよく見えるカウンター席に着くと、天草さんはメニュー表を差し出してくれる。
「ご注文は何になさいますか?」
あらたまった接客をおかしく思いながら、おすすめメニューに目をとめる。先日、来店したときはなかったメニューだ。
「フレッシュカモミールがいただけるんですね。天草農園さんのカモミール?」
「そう。今の時期しかないから、おすすめだよ」
「じゃあ、それにします」
やることがない、というのは面倒なものだ。何かやらなくてはと焦るし、何にもない自分が愚かに思えてくる。
ずっと家にいたのでは何も前進しない。とにかく出かけようと靴を履いたものの、これといって行くあてもなく、向かうのはまろう堂だった。
「本を見せてもらう約束まだだし」
何を言われたわけでもないのに、言い訳がましくつぶやいてしまう。見せてもらうも何も、あれは商品なのだから、まろう堂の客なら誰でも遠慮なく見ることができるのだけど。
それでも沙代子は、天草さんに許可をもらったことが、客ではない、特別な存在と認められたような気がしてうれしかったのだ。
まろう堂の扉を開けると、天草さんがテーブルの上のティーカップを片付けているところだった。
広くない店内を見渡して、こちらに気づいて笑顔を見せる彼に声をかける。
「お客さん、誰もいないの?」
「今はね。ついさっき、全員帰られたよ。カウンター座る?」
「うん。本、見せてほしくて」
「そうだったね。本棚の前の席、どうぞ」
本棚の中がよく見えるカウンター席に着くと、天草さんはメニュー表を差し出してくれる。
「ご注文は何になさいますか?」
あらたまった接客をおかしく思いながら、おすすめメニューに目をとめる。先日、来店したときはなかったメニューだ。
「フレッシュカモミールがいただけるんですね。天草農園さんのカモミール?」
「そう。今の時期しかないから、おすすめだよ」
「じゃあ、それにします」