失くしたあなたの物語、ここにあります
 なぜ、父の所有していた本棚が、ハーブティーを専門に扱うカフェにあるのだろう。そして、古本を売る青年は何者なのだろう。

 ふたたび、黒髪の青年に目を移すと、すぐさま目が合った。清潔感のある白シャツに、黒のエプロンをつけた彼は、タイミングを見計らっていたかのように目の前へやってくる。

「昨日も来てくださいましたね。ありがとうございます」
「えっ?」
「違いましたか?」
「え、いえ。3回目なんですけど……」

 それも三日続けての来店だ。

「そうでしたね」

 営業スマイルを浮かべている彼の、こちらを観察するようなまなざしに気おくれしてしまう。

 いつも店内をじろじろと観察していた自覚はある。奇異な客として記憶に残っていて、たまりかねて話しかけてきたのだと気づいたら、むしょうに恥ずかしくなる。

「あのぅ……、ハーブティーには目がないんです」

 気まずさをごまかすように言ったが、あながち嘘ではなかった。ここへ入ってみようと思った最初のきっかけは、純粋にハーブティー専門をうたうカフェに心惹かれたからだった。

「メニューには載せてないんですが、お好みのブレンドもおつくりできますから、よろしければ、次回はぜひ」

 立て続けに3回来ただけなのに、すっかり常連客のような扱いを受けた沙代子は、戸惑いながらも、これは父の本棚について聞き出せる良いきっかけでは、と笑顔で応じる。

「店主さんですか?」
「ええ」

 すんなりと青年はうなずく。店員の姿は、彼以外にない。小さなカフェを一人で切り盛りしているのだろう。

「リコリスティー、とてもおいしかったです」
「甘めのハーブティーがお好きですか?」
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