失くしたあなたの物語、ここにあります
 楽しげに天草さんと話す彼女から目を離し、カモミールティーのポットを開ける。黄色い花托(かたく)と白い花びらがかわいらしい、たくさんの花が浮いている。小さな春が目の前にパッと咲いたみたい。

 カップに注いで、ひと口飲む。優しい甘さと香りがほわっと口の中に広がる。疲れた心が癒やされていくみたい。

「古本は、ここにあるだけですか?」

 レモンタルトを口に運ぼうとしたとき、ワンピースの彼女が、目の前の本棚を指差して言う。

 これだけしかないの? と、彼女が驚くのも無理はない。背の高い食器棚ほどのサイズの本棚には、ぎっしり本がつまっているが、古本屋をうたうには量が少ないのだ。

「すべての本はお出ししていないので、お探しの本があれば、お調べしますよ」

 天草さんはそう言いながら、カウンター後ろにあるノートパソコンを開く。パソコンで在庫確認できるみたい。アナログな父が古本のデータを残していたとは思えないから、彼がデータ管理できるように作成したのだろう。

「じゃあ、調べてもらおうかな」
「どうぞ」
「タイトルは自信がないんですけど、『空の鼓動』だったと思います。高校生の、陸上競技を舞台にした作品なんです。内容は……実は読んだことないのでわからないんですけど」

 ワンピースの彼女はちょっと肩をすくめて、申し訳なさそうにする。

 お目当ての本をインターネットで探すうちに、空の鼓動だった気がする、と思っただけで、実物を見てみないと、探してる本なのかどうかもわからないと彼女は説明した。

「そうなんですね。著者名はわかりますか?」
「それは覚えてます。私と同じ名前ですから」
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