失くしたあなたの物語、ここにあります
「あっ、ごめんなさいっ。唐突にこんなこと言って」
「ううん。結婚されるの?」
「それはまだ。迷ってるんです。この本が見つかるまでは返事できないって思ってたんですけど、やっぱりまだ迷ってるみたい」

 古本とプロポーズにどんな関係があるのだろう。

「迷ってるって、お返事を?」
「ちょっと、悩んでることがあって」

 菜七子さんは真面目な人なのだろう。いいお返事なら、悩むことなんて何もないと思うけど、そうじゃないのだろうか。

 プロポーズ経験のない沙代子は戸惑うが、天草さんは楽しそうにこちらを見ている。

 初対面の彼女の、人生の転機とも言える結婚話に深入りしちゃって大丈夫なんだろうか。

 不安になって、どう思う? と天草さんに目配せするのに、彼は何を思ったのか、「用意してくるから」と口パクで伝えてくると、急いでキッチンの方へ行ってしまった。

 カモミールティーが出されてないのだから仕方ないけれど、菜七子さんは任せた! って言われたみたいで、沙代子は薄情モノっと心の中でつぶやく。

「彼、高校の同級生だったんです」
「えっ、そうなんですか? 素敵」

 沙代子の内心など知らずに、菜七子さんはうれしそうに笑む。

「ふふっ、ありがとう。彼とは高校2年生のときに席が隣同士になって、それで仲良くなって。私たち、本の交換をしていたんです」

 彼女はそう言うと、昔を懐かしむような目をして、空色の表紙をそっと指でなでた。
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