失くしたあなたの物語、ここにあります
 うっすらと紅色の残るティーカップに視線を落とす沙代子に、彼がそう尋ねる。

「ええ。いろんなお店のリコリスティーを試してみたんですけど、こちらのはあまりにもおいしくて、びっくりしました」

 お世辞ではなく、そう言う。毎日足を運んでいたのは、父の本棚が気になったというのはもちろんあるが、いろんな種類のハーブティーを試してみたいと思ったからだった。

「ありがとうございます。本日のリコリスティーは、ローズヒップをメインに、いくつかのハーブをブレンドしたものなんですよ」
「実は、ローズヒップとリコリスの組み合わせがとても好きなんです」
「それはよかった」

 うれしげに目を細める青年は、まるで少年のようだ。そう思うのは、彼の顔立ちがかわいらしいからだろう。

「ほんの少しの酸味に、独特の香り。ほかに入ってるのは……、ハイビスカスとシナモンですよね。ブレンドの仕方が特別なのかな。どうしてこんなにおいしいのか、ふしぎ」

 つぶやきながら青年を見上げると、彼はにこにこしているだけだ。隠し味があっても教えてくれないだろう。

「やっぱり、素材がいいのかな。ハーブはどちらから?」

 ぶしつけな質問をしたが、彼はあっさりと答えてくれる。

「実家がハーブ農家なんです。自慢のハーブですから、そんなふうに言ってもらえるとうれしいです」
「そうなんですね。一般の方にも、売ってみえるの?」
「ええ、近くでハーブ園を営んでいます。昔はあちらでカフェをやっていたんですが、今は移転してこちらに」
「近くなの? そのハーブ園におじゃますることは可能なんですか?」

 食い気味に尋ねると、彼はくすりと笑う。ちょっと恥ずかしくなってしまったが、変わった客だと思われているのだろうから、今さらだ。

「ハーブ園の方では一般のお客さま向けの商品もご用意していますから、よかったらぜひ」

 そう言って、青年はカウンターの下にしまってあったパンフレットを差し出してくれた。
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