失くしたあなたの物語、ここにあります
「んー、そうだね。副会長の立候補者がいないんだって。相田くんが会長なら副会長の出番なんてないし、やろっかな」
「相田くんだからなんだね。松永さん、よく相田くんと一緒にいるよね」

 この日の翔は、やけに相田くんを気にした。ライバル心があるのかと思ったけれど、体育会系の相田くんと、文系の村瀬くんでは張り合うものが何もないからふしぎだった。

「お互いに陸上部の部長だからだよ。しょっちゅう、一緒に先生に呼び出されるの」

 好きで一緒にいるわけじゃないのに、相田くんと何かあるみたいにうわさされてるのは知っている。相田くんを好きなクラスメイトの里香(りか)だって、勝手に誤解して菜七子に嫉妬していた。

 里香は小学校からの同級生で、高校に入学するまでは、仲がいいわけでも悪いわけでもなかった。高校に入学したときは同じ中学出身の女子がいなくて、お互いに友人ができるまでは一緒に過ごすことが多かった。

 まったく接点のない相手だったらよかったけど、少しは仲良くしていた関係だったから、2年生で同じクラスになって、あからさまに無視されたときはショックだった。

 親友の睦子(むつこ)が間を取り持ってくれようとしたけれど、里香は睦子と仲良くしても、菜七子とは絶対に口をきかなかった。

 そういうのも内心、菜七子はわずらわしく思っていた。だから、トラブルとは無縁そうな翔と一緒に過ごす時間は余計に居心地良かった。

「あっ、そうだ。村瀬くん、陸上部の面白い小説があるって言ってたよね。また借りてもいい?」

 これ以上、相田くんの話はしたくなくて、菜七子はそう切り出した。

「いいよ。来週、持ってくるよ」

 いつものように、翔は快諾した。
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