失くしたあなたの物語、ここにあります
『付き合ってほしい』

 几帳面な性格そのものの丁寧な翔の文字が、栞に書かれていた。

 菜七子は視線を感じて顔をあげた。里香がこちらをじっと見ていた。目が合うと、目をつり上げてにらみつけてきた。

 相田くんと一緒に生徒会役員に当選した菜七子がうらめしいのだろう。今さらだが、敵意のある目には慣れず、厄介に感じた。

「菜七子っ、帰る?」

 里香と反目し合う菜七子を心配したのか、睦子が駆け寄ってきた。

「生徒会の集まりがあるんだって。ごめんね、先に帰っていいよ」
「菜七子も大変だねー、なんでも任されちゃって。あ、また村瀬くんから本借りたの?」

 カバンに小説をしまいながら立ち上がると、睦子が興味津々でのぞき込むようにして言う。

「うん。貸してくれるの、面白い本ばっかりだよ。睦子も読む?」
「私、本とか読めないからー」
「面白いのにー」

 そう言いながら、内心ほっとしていた。翔との本交換は、菜七子だけの特権にしていたかった。

 教室を出たところで睦子とは別れ、生徒会室へ向かった。

 生徒会室では、新生徒会役員の顔合わせと、現生徒会役員からの引き継ぎがあった。話は40分ほどで終わり、一緒に帰ろうと声をかけてきた相田くんと距離を取るために、進学先の悩みがあるわけでもないのに職員室に寄って先生と進路相談したあと、帰宅した。

 教室を出てから帰宅するまでの間、カバンから離れたのはトイレに寄ったときだけだった。

 自宅に帰り、カバンを開けた菜七子は、翔から借りた小説が、栞ごとなくなってることに気づいて真っ青になった。

 どうしよう。菜七子はカバンをひっくり返して、隅々まで確認した。それでも、本も栞も見つからなかった。

 本をなくして翔に失望されるんじゃないか。栞に書かれた告白が誰かに知られちゃうんじゃないか。そう考えたら、動悸が止まらず、不安に押しつぶされそうだった。
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