失くしたあなたの物語、ここにあります
 菜七子さんははにかみながら、うれしそうにうなずく。彼が好きでたまらないと伝わってくる。

「栞のラブレターをなくしたことはどうしても言えなかったけど、高校のときから好きだったって伝えたんです。翔はすごく驚いて、相田くんが好きだと思ってたって」
「そう。でも、よかったですね、すれ違いのままにならなくて」

 そう言うと、菜七子さんの表情がくもる。

「菜七子さん……?」
「翔があんまり優しいから、私の中にはずっと後ろめたい気持ちがあるんです。翔が許しても、私が許せないの。どうしてあんなに大切な本をなくしちゃったんだろうって。翔の気持ちをないがしろにしたみたいで情けなくて……」
「だから、本を探されてたんですね」
「本が見つかれば、すっきりした気持ちでプロポーズの返事ができるんじゃないかって思ったんです。でも、違うのかな。探してたのは、本じゃなくて、やっぱり栞の方なのかも」

 だから、菜七子さんは言ったのだ。『あるわけないよね』と。

 彼女は小説を天草さんの方へ押し出すと、小さなため息をついた。

「あのとき、翔は栞がなくなったって知って、傷ついたと思うんです。もしかしたら、誰かが拾って彼をからかったりしたかもしれない。そう思うと、たまらない気持ちになるんです。彼を傷つけた私はまだ、高校時代で立ち止まったままなんです……」

 菜七子さんが帰った後、カウンターの上には『空の鼓動』が残された。
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