失くしたあなたの物語、ここにあります
***


『まほろば書房を何回も訪ねてくる若い女の人がいるけども、今もいるから様子を見に行ってやってくれんか』

 二十日通りにある自転車屋のおじさんに電話でそう頼まれた沙代子は、身支度もそこそこに急いで家を出た。

 自転車屋のおじさんの話によれば、閉店したまほろば書房を訪れる客はこれまでにも何人かいたそうだ。気づいたときは、おじさんが声をかけて、城下町にあるまろう堂を教えてくれていたそうなのだが、その若い女の人はおじさんが声をかけると、逃げるように帰ってしまうとのことだった。

 あまりにも何回も来るから、『放っておいてもよかったけども、気になるでな』と、おじさんは見かねて電話をくれたのだった。

 まほろば書房に自転車で駆けつけると、かわいらしいレースのブラウスを着た女の人が店の前をうろうろしていた。

 きっと彼女だろう。よかった。まだいてくれて。ホッとして、シャッターの降りた店を困ったように見上げる彼女の背中に、沙代子は声をかけた。

「まほろば書房にご用ですか? 店のものなんですけど」

 女の人はびっくりして振り返るが、沙代子が店のものだと名乗ったからか、逃げ出す様子はない。

「お店の人……?」
「驚かせちゃってごめんなさい。何度か来ていただいてるみたいだから、ご用件があるならおうかがいしたいと思ってお声をかけさせてもらったの」

 そう答える沙代子を、彼女はけげんそうに見る。

「店主さんは、ひげのおじさんじゃ……」
「それは、私の父なんです。お店のことは今、娘の私が任されてます」
「娘さん? いつもおじさんしかいなかったと思うんだけど」
「店には、いつも父だけが。今は父も亡くなりまして、店は閉めてるんです」
< 36 / 211 >

この作品をシェア

pagetop