失くしたあなたの物語、ここにあります
「それで、菜七子とどんな話をしたんですか?」

 あたりさわりのない話に戻そうと思ったけれど、後の祭りだ。睦子さんは菜七子さんが話した内容を詳しく知りたがった。

「どんな話って……、本を探してるって話をされただけ」
「それで、本を見つけたんですよね? 見つけて、私の名前が出るような話をしたんですよね?」

 問い詰めるような態度に、沙代子は困惑した。どこか焦ってるようにも見える。

 菜七子さんの話す睦子さんは、気遣いできる優しい子だった。聞いていたのと印象が違う。

「菜七子さんが本の懐かしい話をするうちに、なくした日にあった出来事の話になって……。でも、聞いたのは睦子さんの名前だけじゃないんですよ?」

 なんとか気持ちをやわらげようとするけれど、睦子さんは眉をひそめる。

「私だけじゃないって、本をなくした日に会った人の名前を全部話したってことですよね? その人たちの中に本を盗んだ人がいるって疑ってるってことですよね?」
「えっ、そんなこと。菜七子さん、自分がなくしちゃったって後悔してるだけで、盗まれたなんてひとことも……」

 思いもよらない話にひどく驚いたが、どうしてその可能性を考えなかったのだろう、と今さらながら、沙代子は思う。

 睦子さんの言う通りだ。菜七子さんはちゃんと本をカバンに入れたと言っていた。家に帰るまでの間、なくすような行動は取ってない。それなのになくなったのなら、誰かに盗られたと考えるのは普通かもしれない。

「何か知ってるの? 睦子さん」

 沙代子がそう問うと、睦子さんは思い詰めるような目をした。

「まろう堂へ連れていってください。私、空の鼓動をこの目で見たいんです」
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