失くしたあなたの物語、ここにあります



 菜七子が私を優先してくれない。

 それに気づいたときから、睦子の心の中には複雑な感情が生まれるようになっていた。

 里香と仕方なく一緒にいるの気づいて、声をかけてあげたのは、私。菜七子なら学級委員やれるよって、短距離走で一位取れるよって、部長もやれるよって励ましてあげたのも、私。

 私たちの友情は永遠だよ。中学生みたいな友情を約束し合って、菜七子のためにって、仲違いした里香との間を嫌々取り持ってあげてるのも、私。全部、私。

 私がいなかったら、先生の信頼が厚い今の菜七子はいない。それなのに、菜七子は村瀬くんと隣の席になった途端に、私のことは二の次で、私を置いてどんどん大人になっていった。

 村瀬くんがいるからいけないんだ。だから、嫌がらせしてやろうって気持ちが湧いた。

 菜七子が村瀬くんからしょっちゅう本を借りてるのは知っていた。読書家じゃないのに、彼の気を引きたくて借りてるのは見ていればすぐにわかった。

 そういうの、あざといって言うんだよ。心の中でつぶやきながら、『また借りたの?』って笑顔で聞いた。本当は、本の内容になんか興味ないくせに、『睦子も読む?』って、幸せのおすそわけするみたいに言うから、本当に腹が立った。

 だから、帰るふりして菜七子と別れた後、生徒会室に向かう彼女のあとをこっそり追いかけた。

 生徒会室に行く途中、菜七子は廊下にカバンを置いてトイレに入った。鏡をのぞき込んで前髪のチェックをする彼女に気づかれないように、そっとカバンを開いて、人差し指と親指でつまむように本を取り出した。

 階段の方から話し声が聞こえてきて、とっさに辺りを見回した。誰もいないことを確認すると、自分のカバンに本を押し込んで、下駄箱に向かって走った。
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