失くしたあなたの物語、ここにあります
「紙?」
「わざわざ、封筒に入れて返してくれたのよ。お母さんは見ない方がいいなんて言われるから、何か変なことが書いてあるんじゃないの?」

 まるで、お母さんが恥かいたじゃない、とでも言いたげな口調だったから、睦子はムッとしながら、母の差し出す茶封筒をひったくるようにして受け取った。

「変なことなんて書かないよっ」

 怒ってドアをぴしゃりと閉め、ご丁寧にのり付けされた茶封筒を破って中を取り出した。

 睦子はそれを見た瞬間、絶句した。

『付き合ってください』

 たったそれだけの文字が書いてあるだけの、ちょうど栞サイズの紙だった。

 それが村瀬くんの文字だってことはすぐにわかった。菜七子の席に行くたびに、村瀬くんのノートは目にしていたからだ。

 村瀬くんは菜七子に告白したんだ。菜七子はそれに気づいてないから、今でも普通に彼とおしゃべりしてる。

 こんなの、捨てちゃえばいい。そうしたら、誰にもバレない。

 まほろば書房の店主さんが誰にも言わなかったら、何にもわからない。知らんぷりしちゃえばいい。

 睦子は紙切れを手のひらでくしゃりと握りつぶした。

 それでも睦子は気になって、二十日通りにあるまほろば書房の前を、学校の帰り道に何度か通ってみた。

 ロッキングチェアーに背もたれて、きちんと整えられたひげをなでながら、おじさんはいつも本を読んでいて、通りを歩く睦子には気づきもしなかった。

 あんなおじさんなら、すぐに忘れちゃうだろう。

 そう確信してから、睦子は二十日通りを歩くのをやめた。

 冬休みに入る前、進路相談があった。順番を待っていると、村瀬くんが隣のいすに座った。

「次、村瀬くんだったんだ?」
「うん」

 村瀬くんは小さくうなずいて、カバンから小説を取り出すと読み始めた。
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