失くしたあなたの物語、ここにあります



「それから、菜七子にどんな顔を向けたらいいのかわからなくなって、地元の大学が決まってた菜七子から離れようと思って、東京の大学に進学したんです。そのまま東京で就職して、ずっと菜七子には会っていません」

 ずっと友だちだよ。そう約束したのに、先に手を離したのは睦子さんだった。

 つらそうにそう告白する睦子さんとカウンター越しに向かい合っていた天草さんは、お客さんが来たわけでもないのにキッチンへ入っていく。

 え、行っちゃうの? と、取り残された沙代子は途方にくれるが、彼は仕事中なのだし、仕方ないとあきらめて、睦子さんの肩にそっと触れる。頼りなげな彼女の肩がすごくさみしそうで、放っておけなかったのだ。

「菜七子さんとは、ずっと連絡もしてなかったの?」
「はい……。今は、どうしてあんなひどいことができたんだろうって思うんですけど、当時は、先に友情を裏切ったのは菜七子なんだからって逆恨みしてた。菜七子から連絡があっても忙しいからって無視して、そうしてるうちに連絡も来なくなりました」

 睦子さんの瞳は涙で濡れている。

 彼女の苦しみは伝わるけれど、行動を理解することはできない。でも、沙代子にだって、自分に向けられない愛情に苦しんだ過去がある。沙代子は今でも思うのだ。優等生の彼を羨んでいただろうか、と。

「どうしようもない時もあるよね」

 自分に重ねてそう言うと、睦子さんの肩の力がわずかに抜けた。

「今は菜七子から離れてよかったと思ってます。あのまま一緒にいたら、私、もっと菜七子を傷つけてた……」
「でも、今はやりとりがあるんでしょう?」
「お盆にこっちへ帰ってきたときに、菜七子と村瀬くんが付き合ってるって聞いたんです。もしかしたら、自分の罪がバレてるかもしれない。そう思ったら落ち着かなくて、菜七子に連絡を取りました」
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