失くしたあなたの物語、ここにあります
 自己保身の行動を恥じるように、彼女は苦々しげにそう言う。

「菜七子さんはなんて?」
「なんにも。久しぶり、元気? って。村瀬くんと付き合ってるんだねって言ったら、ちょっと前からだよって。それ聞いて連絡してくれたの? って笑ってた」

 自分勝手な理由で連絡を取ったと恥じる睦子さんには、高校時代と変わらない菜七子さんをまぶしく感じたかもしれない。同時に、変わらない自分にも気づいただろう。

「それから、菜七子が時々連絡くれるようになりました。来るのは、あたりさわりのない内容のメールなんですけど、いつだったか、会いたいって言ってくれて」
「それでも会わなかったの?」
「怖かったんです。会って、本の話になることが。菜七子は全部気づいてるんじゃないかと思って」
「そっか」

 睦子さんは疑心暗鬼に陥っていたのだろう。自分の犯した罪からずっと逃げ続け、今日まで逃れられないでいる。

「それから、連絡取るのはやめました。それなのに、最近になってまた菜七子から連絡が来たんです。本が見つかったって」

 菜七子さんは、『高校のときになくした本のこと覚えてる?』と睦子さんに聞いた。それは、ただの世間話程度の会話だったかもしれないけれど、後ろめたい睦子さんにとっては恐怖でしかなかったのだろう。

「本を見つけたのに、買わなかったっていうから不安でした。まほろば書房のおじさんがあのこと覚えてて、菜七子に話したかもしれないって思って。どうして買わないの? って聞いたら、菜七子は笑って、なんとなくってはぐらかすだけで……」
「買わなかった理由を知りたくて、まほろば書房へ来たんですね」
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