失くしたあなたの物語、ここにあります
 だから、睦子さんが来たのは、まほろば書房だったのだ。菜七子さんがあの本を見つけるとしたら、まほろば書房しかない。彼女はそう思った。しかしそれは、空の鼓動を売った張本人しか知り得ないことだ。

「菜七子は私に復讐するつもりだって思いました。でも、菜七子は盗まれたことすら気づいてなかったんですね。今でも自分でなくしたと思ってたなんて……」
「菜七子さんは睦子さんのこと、親友だって言ってましたよ。里香さんって方のことも聞きました。睦子さんがいたから、楽しい学校生活が送れたって思ってるんじゃないかな」
「菜七子がそんな風に……? 私、あんなひどいことしたのに」

 私が泣く資格なんてない。そう言いながら、睦子さんはほおに伝う涙をぬぐうと、ポシェットから封筒を取り出す。

「捨てられなかったんです、ずっと」

 それは、猫の柄がついたかわいらしい封筒だった。懐かしい。沙代子の高校時代に流行っていたアニメのキャラクターだ。

「これは?」
「中に、栞が入ってます」
「もしかして、村瀬さんが書いた?」

 栞のラブレター?

 睦子さんはうなずくと、カウンターの上へそっと乗せた。

「菜七子が来たら、渡してもらえますか?」
「直接渡さないの?」
「菜七子に会いたくないんです。菜七子は許してくれると思うけど、私が許してもらいたくないから」

 許してもらいたくない、か……。

 ねじれた友情が元通りになることはないかもしれない。だけど、菜七子さんならきっと、睦子さんの思いを受け止めてくれるだろう。それがわかっているから、あえて会わないことを選択した睦子さんを、沙代子は説得できなかった。

「わかりました。必ず、菜七子さんに渡しますね」
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