失くしたあなたの物語、ここにあります
 両手を添えて封筒を持ち上げると、睦子さんはあんどしたように笑む。

 睦子さんの心は少し晴れただろうか。それでも、まろう堂を出ていく彼女を見送った沙代子は、菜七子さんと睦子さんの再会を願った。

「帰っちゃったんだ。サービスでお出ししようと思ったんだけど」

 振り返ると、ハーブティーのセットを持った天草さんが立っている。どうやら、睦子さんのために作っていたみたい。

「サービスって、天草さん、優しすぎです」
「そう言う葵さんだって、親切すぎだよ」
「聞いてたの?」
「キッチンにいても聞こえるからね」

 沙代子の手の中の封筒を見て、天草さんは穏やかに微笑む。

「親切だったかな、私」
「うん、大丈夫。あのさ、親切ついでに、飲んでもらえるとうれしいんだけど」

 天草さんは、フレッシュカモミールだよって言って、ポットを沙代子の前に置く。

「いいの? また飲みたいと思ってたの」

 そう言って、ポットの中をのぞき込む。まだ花の開いていないカモミールが、途端にふわっと開いて笑ったように見える。

 天草さんの作るハーブティーは優しい香りがして、心が癒される。私は好きだろう。彼の作るハーブティーが。沙代子は素直にそう思う。

「栞のラブレターが入ってるんだよね?」

 天草さんは猫の封筒に視線を注ぐ。

「うん。過去から届いたラブレターだね」

 沙代子は封筒ごと空の鼓動に挟み込み、天草さんに差し出す。

「天草さんが預かっててくれる?」
「もちろん」

 彼は大切そうに受け取ると、本棚の横に置いてある、『予約済』と書かれた木箱の中へそっとしまった。
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