失くしたあなたの物語、ここにあります



 城下町のメインストリートを鶴川城に向かって歩き、橋の手前を東に曲がると大きな鳥居が現れる。その手前には、六坂(むさか)神社と書かれた標柱が立っていた。

 子どもの頃は、週末になると父に連れられてよくここへやってきた。坂のないこの町にある神社だから、『坂無し』が『無坂』に、そして、『六坂神社』になったのだと聞いたことがあるが、本当のところは沙代子もよく知らない。知っているのは、この神社には縁結びの神様が祀られているということだけだ。

 沙代子は鳥居をくぐると、参道の横道に入り、右手にあるひときわ大きな岩へ向かって進んだ。そこには、六坂神社の名物ともいえる、恋の成就を占う『恋岩(こいいわ)』がある。

 通称、恋岩占いと呼ばれるそれは、大岩と呼ばれる大きな岩の手前から、岩の周囲を右回りに十八歩進み、大岩の真裏にある恋岩に触ることができれば、恋愛が成就するというものだ。

 最近では、恋岩にカップルで触れると永遠の幸せが訪れる……なんていう話も持ち上がっているとか。

 大岩の前には、休日のためか、若者の行列ができていた。沙代子が子どもの頃は、地元の小中学生の遊び場になっているのどかな場所だったが、今は観光客や地元の若者に人気のスポットになっているようだった。

 沙代子は行列から離れた場所で大岩を見上げる青年に目を止めた。その見知った顔に驚いてるうちに、青年がこちらに気づいて駆け足でやってくる。

「こんにちは、葵さん」
「天草さん、来てたの? カフェはお休み?」
「うん、日曜日は休み。農園の仕事があるからね」
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