失くしたあなたの物語、ここにあります
 困り顔の菜七子さんを励まそうとしてそう言ったものの、そんなわけない、と思ったのが伝わったのか、彼女は肩をすくめる。

 睦子さんは最初から来る気などなかったに違いない。ただもう一度、菜七子さんをまろう堂に来させたかったのだろう。

「その封筒、かわいいですね。私が高校生のときに流行ったアニメのキャラクターです」

 沙代子はにっこりして、封筒をひょいとのぞき込む。おちゃめなポーズをとる三毛猫がかわいい、愛嬌のあるキャラクターだ。

「高校……あっ、そっか。それで見たことあるんだ」

 ひとりごとのように言う菜七子さんは、封筒を手に取ると、「そういうことなんだ」とつぶやく。

「その封筒は?」

 中身を知らないふりして、沙代子は聞いてみた。

「さっき、店主さんにいただいたんです。若い女の人が、私に渡してほしいって置いていったって。きっと、睦子」
「睦子さん?」
「睦子が好きだったんです、このキャラクター。あの子、これのグッズ、たくさん持ってた。手紙を店主さんに預けたなら、もうここには来ないですよね。そんなに私に会いたくないのかな……」

 菜七子さんは嫌われる理由がわからないと、悲しげに目を伏せる。

「会いたいけど、会えない理由があるのかも」

 睦子さんは絶対、菜七子さんに会いたいと思ってる。そう信じる沙代子は、余計なこととわかっていながら、そう言ってしまう。だけど、キッチンからちらりと顔を出す天草さんがにこやかに笑むから、この行動は間違ってないと自信が持てる。

「会いたいって思ってくれてると思いますか?」
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