失くしたあなたの物語、ここにあります
 天草さんもまた沙代子の視線に気づいて、予約済の箱を振り返った。

「二日前にさ、お客さんが来たよ。そのときは時間がないとかで、次は電話してから来ますって、本のタイトルだけ伝えて帰っていかれたよ」
「探してる本はあったの?」
「ああ、うん、あったよ。ないと思うなんて言ってたから、見つかったって知ったら喜ばれるんじゃないかな」

 にこにこする天草さんを見ていると、沙代子もうれしくなる。

「なんでも見つかる古本屋さんって、うわさになるね」
「なんでもか。ああ、そうだ。葵さんは何か探してる本とかないの? もしかしたら、葵さんを待ってる本が見つかるかもしれないよ?」

 半分冗談めかして彼は言う。彼は沙代子を時々からかう。

「そう言えば、この間、懐かしい本を見つけたの。たしか、真ん中の棚の少し下……あれ? ない」

 しかし、沙代子は大真面目だ。指をさしながら、首を傾げる。あるはずの本が見つからず、視線は行き場を失ってさまよう。

「なんていう本?」
「天草さんは知ってるかなぁ。落ちこぼれ魔女シリーズ。それの第一作目。落ちこぼれ魔女と人魚の国っていう本があるの」
「落ちこぼれ? それ、さっき言ったお客さんが探してた本だよ」

 天草さんはひどくびっくりしたあと、予約済の箱から一冊の本を取り出す。

「あっ、それっ」

 沙代子も驚いて、大きな声をあげていた。

 彼の手には、ずいぶんクタクタになっている本が握られているが、間違いなく『落ちこぼれ魔女と人魚の国』だ。
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