失くしたあなたの物語、ここにあります
「私が子どもの頃に流行ったアニメの原作なの」
「へえー、そうなんだ。あんまり、女の子向けのアニメは見たことないから。売れる前に見ておく?」

 と、天草さんがこちらへ本を差し出したとき、電話が鳴った。

「ちょっとごめん」

 無駄に長居をして天草さんの仕事の邪魔をしてるのは沙代子で、謝る必要もないのに彼は両手を顔の前で合わせると、レジカウンターの方へ急いで移動する。

「はい、まろう堂です」

 電話に出る天草さんから視線をそらし、カウンターに置かれた本へと手を伸ばす。

「懐かしい。ここにあったんだね」

 それは、沙代子が子どもの頃に父からプレゼントされた児童書だった。引っ越しをするとき、荷物にまぎれてどこかへ行ってしまったと思っていたが、父の本棚に片付けられていたようだ。

「葵さん、今の電話、お客さんから。来週、その本、見に来るって」
「そうなんだね。私が子どもの頃に大切にしてた本なの。売れるかな」
「売れない方がいい?」
「売れたらさみしい気もするけど、大切にしてもらえるならここにあるよりいい気がするね」

 しげしげと本を眺めたあと、そう言うと、天草さんは予約表らしきファイルにペンを走らせていた。

 カフェを経営しながら、古本を買いにくるお客さんの予約管理までひとりでこなして大変だろうと、沙代子は尋ねる。

「ねぇ、まろう堂はずっとひとりで?」
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