失くしたあなたの物語、ここにあります
「うん、そうだけど……、もしかして、ここで働きたいの?」
「あっ、そういうつもりで聞いたんじゃないの」

 あわてて否定する。興味本位で聞いてみただけなのだが、働き口を手軽に決めようとしたとでも思われたのだろう。

 もちろん、働かせてもらえるなら働きたい。ハーブティーはもともと好きだし、知識もまったくないわけじゃない。カフェでのアルバイト経験はあるし、すぐに仕事に慣れる自信もある。それに、天草さんとならうまくやっていけると思う。

 だけど、心のどこかでやめた方がいいとも思ってる。天草さんは優しくて、一緒にいると心地がいい。それは、彼を知るどんな人も覚える印象かもしれないが、同世代の男の人へ好印象を抱いた気持ちが突き進む先を、沙代子はまだ考えたくないのだった。

「手伝ってくれる女の子はいるけど、今は大学が忙しいみたいだよ」
「えっ、大学生のアルバイトがいるの?」

 尋ねてはみたものの、天草さんひとりでやっていると思っていたから、予想外の返答に沙代子は驚いた。

「必要なときに声かけると来てくれる。夏休みになると農園の方も手伝ってくれるし」

 便利屋として扱っていると受け取られかねない話なのに、彼は悪気のない様子でさらりと答えた。

「そんな感じなの? あっ、もしかして、妹さんとか?」

 すぐに、親族ならあり得る話だと、沙代子は尋ねた。

「いとこだよ。俺、ひとりっ子だし。ああ、そうだ。葵さん、週末は予定ある? ないなら、農園を案内したいなと思ってさ」

 いとこの話には興味ないみたい。素っ気なく言ったあと、彼は笑顔になって話題を変えた。
< 61 / 211 >

この作品をシェア

pagetop