失くしたあなたの物語、ここにあります
 思いがけない言葉に、沙代子は驚いた。そうだろうか。どちらかというと、誰かを思いやっているようで、実は自分のことばかりだったのではないかと思うことの方が多い。

「前からそう思ってた。繊細なんだね。きっと、葵さんの作るデザートも繊細なんだろうなって思うよ」
「なーに、急にデザートの話?」
「そう思ってるって話だよ」

 天草さんがにっこりとした時、レンガ造りの家の扉が開き、中から年配の女の人が姿を見せた。その女の人は天草さんを見つけるとすぐに、笑顔でこちらへ向かって手を振る。そのしぐさが天草さんに似ている。

「母親」

 やっぱり、そうだ。彼のお母さんだ。

「似てるね。優しそう」
「優しいっていうか、明るい人ではあるね」

 そう言って、苦笑いする天草さんについていき、満面の笑みを浮かべるお母さんに頭をさげる。

「こんにちは。はじめまして」
「はじめまして、沙代子ちゃんね。志貴から聞いてるわ。あの銀一さんの娘さんがこんなにかわいらしいお嬢さんだなんて」
「銀一さんもカッコいい人だよ」
「そんなこと言ったら、お父さんが()くじゃない?」

 天草さんがたしなめると、お母さんは笑い飛ばす。彼は終始苦笑いだけど、とても仲のいい親子のようだ。

「あのー、生前は父がお世話になりました。ごあいさつが遅くなりまして」

 持参した手土産を差し出すと、お母さんはありがたく受け取りながら、

「わざわざありがとう。そんな堅苦しいあいさつはいいのよ。中に入って」

 と、販売所に沙代子たちを招き入れた。
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