失くしたあなたの物語、ここにあります
「お客さんいないね」

 天草さんは店内を見回してそう言う。

「今はね。さっきまで大忙しだったんだから。志貴がいない時ほど忙しいのよね」
「疫病神みたいに言わないでくれよ」
「そんなこと言ってないわよ。志貴がいないと回らないんだから」
「じゃあ、バイト雇ったら?」
「そりゃ、いい子がいたら、お母さんだって来てもらいたいわよー」
「だってさ、葵さん」
「私?」

 軽口をたたく親子の会話を楽しく聞いていたら、急に話を振ってくるから驚くと、彼はわりと大真面目な表情でうなずく。

「葵さん、アルバイト探してるって言ってたし、うちで働いたらどうかな?」
「あら、そうなの? 銀一さんのお嬢さんなら大歓迎よ」
「どうする? うちで働く?」
「え、ちょっと待って。すごくありがたいお話だけど、……できるかな」

 たたみかけるように言われた沙代子は、戸惑いながら辺りを見回す。

 まろう堂を彷彿とさせる、ハーブが飾られた木製棚には、いくつものハーブティーが並べられている。茶葉タイプや紙パックタイプ両方あり、かなりの種類が取り揃えられている。店内はこじんまりとしているが、わくわくする気分をかき立てる、おしゃれな雑貨屋さんのようだった。

 沙代子はそのほのぼのとした雰囲気に心惹かれた。ここで働いてみたい。天草さんと働くのはやめた方がいいと危惧する気持ちを押しのけて、その思いはまるで必然のように、すんなりと心に浮かんだ。

「葵さんなら大丈夫だよ。やってみたら?」
「天草さんがそう言ってくれるなら……。でも、本当にいいんですか? 急なお話なので」
< 65 / 211 >

この作品をシェア

pagetop