失くしたあなたの物語、ここにあります
 お母さんにおずおずと尋ねると、全然心配いらないとばかりの笑顔を向けられる。

「もちろんよ。志貴がカフェを開いてから、人手が足りなくて困ってたの。それじゃあ、早速だけど、来週から来てくれる?」
「は、はいっ。よろしくお願いします」

 あわてて頭をさげる。

「よかったね、葵さん」

 天草さんがそう言うから、思いがけずにとんとん拍子で決まったアルバイトのようでいて、実はアルバイトが決まらないと嘆いていた沙代子のために、彼が段取りをつけていてくれたのではと思ってしまう。

 それを尋ねようか迷っていると、店内に作業着を着た中年の男の人が入ってくる。すると、お母さんが、「お父さん、アルバイトの子、見つかったわよ」と、その男の人に声をかける。どうやら彼は、天草さんのお父さんのようだ。

「アルバイト? 志貴が友だち連れてくるって話じゃなかったか?」

 汚れた帽子を取りながらこちらへやってきたお父さんは、沙代子に軽く会釈したあと、不思議そうに首を傾げる。

「そうよ。こちら、銀一さんのお嬢さんで、沙代子ちゃん。うちで働いてくれるって」
「そうなのか。銀一さんにはお世話になったよ。お嬢さんまでうちを手伝ってくれるなんてありがたいね。志貴ともどもよろしくお願いします」

 改めてというように、お父さんが深々と頭をさげるから、沙代子もあわててお辞儀する。腰が低くてとても優しそうなお父さんだ。天草さんはご両親のいいところを両方もらってるみたい。
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