失くしたあなたの物語、ここにあります
「父さん、何か手伝う?」

 天草さんが尋ねる。

「ああ、これから出荷作業だ。手伝ってくれるか?」
「いいよ。着替えてすぐ行く」

 お父さんは、「ごゆっくり」と沙代子に声をかけると、ひと足先に店を出ていく。

「それじゃあ、葵さん、俺、行くから。悪いけど、母さん頼むよ」
「うん、がんばってね」
「手が空いたら、農園案内するからさ」
「ありがとう。またあとでね」

 まるで、仕事に出かける夫を見送るような、むずがゆい気持ちになりながら、天草さんに手を振っていると、お母さんが声をかけてくる。

優美(ゆうみ)ちゃん、元気にしてる?」

 何の話だろうと思ったのか、店を出ようとしていた天草さんが足を止めて振り返るのが見えた。

「母をご存知なんですか?」
「知ってるも何も、高校の同級生なの。だから、優美ちゃんもうちによく遊びに来てくれたのよ」
「えっ、そうなんですか?」

 結婚前の母の話を聞くのは初めてだ。両親は恋愛結婚だと聞いたことがあるけど、詳しくは知らないし、両親も語ろうとしなかった。まして、学生時代の話なんてますます知らない。

「天草農園は私の実家なの。お父さんは婿入りでね。優美ちゃんは結婚してからも、銀一さんとふたりでよく遊びに来てくれてたみたいよ」
「そうだったんですか。あ、でも、天草さんは中学生のときにこっちに越してきたって」
「そうなの。私は最初、農園を継ぐ気がなくてね、県外で就職したの。それで、サラリーマンだったお父さんと結婚して、志貴が生まれて。志貴が中学にあがった頃かな、祖父が倒れちゃって。お父さんが農園やってもいいって言ってくれたから、一念発起で戻ってきたのよ」
「じゃあ、母のことは?」

 そう問うと、お母さんは複雑そうに笑んだ。
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