失くしたあなたの物語、ここにあります


「あら、沙代子ちゃん、パティシエなの? それじゃあ、販売所の仕事だけじゃなくて、洋菓子作りも手伝ってもらおうかしら」

 レジカウンター内のいすに並んで腰かけると、沙代子は早速、お母さんに質問攻めにされていた。

「いいんですか?」

 そう言いながら、沙代子は戸惑っていた。

 アルバイトは販売所の売り子だと思っていたし、以前のように希望を持って洋菓子作りができるかわからない。いったん引き受けたら、やっぱりできないとは言えないだろう。パティシエとしてこれから先も頑張っていけるだろうか。そこにはまだ不安があった。

「もちろんよ。実を言うとね、私はおばあちゃんみたいにケーキ作りが上手じゃなくて。納得いくものだけお出ししてるから、レパートリーもぐっと減っちゃったのよ」

 お母さんがカウンター後ろの棚から取り出したファイルをテーブルの上へ乗せるから、沙代子は「見ていいですか?」と、のぞき込む。

 中には、ケーキの写真がおさめられている。ページをめくっていくと、まろう堂で出されているケーキも見つかった。

「これ全部、おばあさんが考案したケーキですか?」

 あまりの種類の豊富さに、沙代子は驚嘆する。

「そうなの。農園を開いたのは、祖父母でね。最初は生産農家にするつもりなんてなくて、自家栽培のハーブティーを楽しんでもらいたいってカフェを始めたのが先なのよ。そのカフェができたのも、30年近く前になるわね。おばあちゃんが倒れてからは休んでたんだけど、志貴がカフェをやるって言い出すまでは、ここでカフェをやってたのよ」
「そんなに歴史のあるカフェなんですね」
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