失くしたあなたの物語、ここにあります
「あら、全部? 本当に?」
「はい。ハーブティーの香りを損なわないお味はもちろんのこと、デザインもかわいいものから綺麗なものまでさまざまで、すごくお気に入りです」

 そう答えると、驚きの表情だったお母さんも、感心したようにうなずいた。

「それなら話は早いわ。一緒にお願いできる?」
「……それがその、最近ずっとお菓子作りから離れてて」
「そんなの大丈夫よ。できるできる」

 お母さんは簡単なことのように言う。

 天草さんが楽天的に感じるのは、お母さん譲りのところがあるからだろう。深刻に考えすぎる沙代子にとって、それは救いでもあった。

「やって……みます。あ、いえ、やらせてください」

 頭を下げると、お母さんは優しく沙代子の肩に触れる。

「本当にいいお嬢さん。こちらこそ、よろしくね。……あら、志貴かしら」

 お母さんは後ろの方へ視線を向けた。そこには裏口があるようだ。壁に何かを立てかけたような物音とともに、トラックのバックする音が聞こえてくる。作業を終えた天草さんが戻ってきたのかもしれない。

 ほどなくして裏口が開き、作業着姿の天草さんがドアの奥に現れた。カフェで見るエプロン姿の穏やかな彼もいいけれど、汗をぬぐって爽やかに笑む姿には、違う一面を見た気がしてどきりとしてしまう。

「葵さん、手が空いたから、農園を案内するよ」
「あっ、うん」
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