失くしたあなたの物語、ここにあります
「全然、気にしてないよ」

 沙代子はあわてて首を振る。

 無神経なのは、自分の方だ。彼はただ、結婚っていいよね、って言いたかっただけかもしれない。両親がそろってる家族がうらやましいなんて言えば、気をつかわせるに決まってた。

「なんて言ったらいいかわからないけど、俺は葵さんが幸せに暮らしてるって銀一さんから聞いてたから」

 だから、複雑な家庭環境にあるなんて想像もしてないのだろう。でもそれは、仕方のないことだ。彼が謝る必要なんてない。

「父はなんでも天草さんに話してたみたいだね」
「ああ、うん。銀一さん、奥さんと娘さんが幸せならそれでいいって言ってたことがあってさ」
「母と私……」
「そうだよ。家族を大切に考えてる人だと思ってた」
「本当に、そうなのかな……」

 沙代子は息をつき、こらえきれずに吐き出す。

「うちはね、仕方なく別居だったの」

 家族の形に正解なんてない。ずっとそうやって自分をなぐさめてきたけれど、今でも本当に葵家の形はこれでよかったのかと思うのだ。

「仕方なく……?」

 頼りなげな彼へと視線を移す。

「私なんていない方が、母にとっては良かったかもしれない。そう思うこともあったけど……、そっか、父は私が幸せに暮らしてるって思ってたんだね」

 つらいなら、戻っておいで。そう、父に言ってもらえてたら、違う人生があったんじゃないか。その思いはこれから先も引きずる気がする。天草さんにもっとはやく出会えてたかもしれないと思うと余計に。
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