失くしたあなたの物語、ここにあります
「葵さん……、悲しい顔させて、ごめん」

 悲しい顔をしてるのは、彼の方だ。

「そんな顔してる?」
「してるよ」
「ねぇ、天草さん、ひとりごと言っていい?」
「……いいよ」

 沙代子は夜空を見上げて、ぽつりとつぶやく。

「私……、愛されてたのかな? 父にも母にも、愛してもらえるような子だったかな」

 天草さんは考え込むように黙る。

 ひとりごとだと言ったのは、ただの言い訳だ。話せば、彼が悩むとわかっていたのに、聞いてほしかっただけ。

「ごめんね。変なこと言って。こんなこと、今まで誰にも言ったことなかったのに。天草さんに甘えてるね、私」
「……葵さんさ、葵さんはご両親に愛されてたと思うよ。でもさ、ご両親よりも愛してくれる人に必ず出会えるよ」

 それはただの気休めだ。彼は優しいからそう言うだけ。それでも、もう悲しまないで、と言うように優しく笑む彼を見ていると、母を許してもいいんじゃないかという気持ちになるから不思議だ。

「天草さんにはいるの? そういう人」

 今夜はどうかしてる。感傷的になる夜は何度もあったけれど、優しくしてくれる男の人にもしそういう人がいるなら、こんな風に自分をさらけ出したらいけないと思う日はなかった。

「いる……と思う」

 天草さんはたどたどしく、不確かな答え方をした。恋人ではないけれど、好きな人ならいると答えたのかもしれない。いつかは、彼を愛してくれる女の人なんだって。
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