失くしたあなたの物語、ここにあります



「女の人が覗いてた?」

 まろう堂へ洋菓子の運搬を終えた沙代子が今朝の出来事を伝えると、天草さんは驚いたように目を丸くした。

 それは、沙代子がアルバイトへ行くために玄関を出た早朝、門の前から家の中を覗く女の人を見かけたというものだ。

 両手で抱えた番重(ばんじゅう)をカウンターに移動させながら、沙代子はうなずく。

「そうなの。私が気づいたのは今日が初めてなんだけど、お隣のおばさんが先週の月曜日も来てたって教えてくれて」

 隣宅のおばさんは話好きのうわさ好きで、仕事に出かける沙代子をつかまえて、あれやこれやとおせっかいに話してくれたのだった。

「知ってる人?」
「すぐ逃げるように行っちゃったからよく見えなかったんだけど……、おばさんの話だと40代ぐらいの人だって。たぶん、知らない人だと思う」
「なんだろうね。葵さんちを見てたのは間違いないんだよね」
「うちって、つき当たりにあるでしょう? 用事がある人しか入って来ないところだから間違いないと思う」

 おばさんの証言もあるし、そこに疑いはなく、あまり気分のいい出来事じゃないが、天草さんの方が深刻そうな顔をしている。

「心あたりもないの?」
「うーん、……ないかな。父の知り合いなら、逃げたりしないと思うし」

 しばらく考えて、そう答えた。父の交友関係を把握してるわけではないが、娘に気づかれて困る人物の心あたりはなかった。

「また来るかもしれないよね。月曜日に来るってわかってるなら、俺が見に行ってもいいよ」
「えっ! 大丈夫だよ」
「心配だし」

 断ったが、天草さんはさらに食い下がる。

「本当に大丈夫だから。天草さんは優しいよね。ありがとう」

 ただの世間話のつもりで話しただけで、そこまでして欲しいわけではないのだと、沙代子はふたたび断ると、番重のふたを開けた。
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