失くしたあなたの物語、ここにあります
沙代子は改めて、隣の席に腰をおろす女の人を眺めた。
彼女は席に着くなり、長い髪を後ろで一つに束ねた。ライトグレーのセットアップは春の終わりにふさわしい涼やかな身なりで、ひかえめな性格かもしれないと思わせるほどの薄化粧。年の頃は40代だろうか。
そう考えながら、沙代子は彼女の持つ緑のショルダーバッグに目を移した。お隣のおばさんが、葵さんちを派手な緑のバッグの女の人が覗いていた、と言っていたのを思い出す。
まさかね、と沙代子は彼女から目をそらす。
「葵さん、ちょっと待ってて」
天草さんがそう声をかけてくる。そのとき、カウンターの上に視線を落としていた女の人が、弾かれたように顔をあげてこちらを見た。
目が合った途端、彼女は何か言いたげに薄く口を開いたが、結局、何も言わずに目をそらした。
葵という名前に反応したのは明らかだったが、彼女も、まさか、と思ったのかもしれない。しかし、不確かなまま、見ず知らずの彼女に、今朝、うちを覗いてましたよね? なんて言えるはずもない。
「あ、うん。気にしないで」
沙代子がそう答えると、天草さんは予約箱から本を取り出し、彼女の前にそれを差し出す。
表紙に折り目がついてしまっている、お世辞にもきれいとは言えない、落ちこぼれ魔女と人魚の国だ。
「和久井さま、お探しの本はこちらでよろしかったですか?」
彼女は和久井というらしい。本の予約をしたときに名前を聞いていたようだ。
和久井さんはその本を見た途端、口もとに手を当てた。そして、声を震わせてつぶやく。
「水無月銀先生の落ちこぼれ魔女が本当に見つかるなんて……」
天草さんは黙ったまま、感極まった様子の彼女を見守っている。
「あっ、ごめんなさい。まさか、本当に見つかるなんて思ってなくて」
彼女は席に着くなり、長い髪を後ろで一つに束ねた。ライトグレーのセットアップは春の終わりにふさわしい涼やかな身なりで、ひかえめな性格かもしれないと思わせるほどの薄化粧。年の頃は40代だろうか。
そう考えながら、沙代子は彼女の持つ緑のショルダーバッグに目を移した。お隣のおばさんが、葵さんちを派手な緑のバッグの女の人が覗いていた、と言っていたのを思い出す。
まさかね、と沙代子は彼女から目をそらす。
「葵さん、ちょっと待ってて」
天草さんがそう声をかけてくる。そのとき、カウンターの上に視線を落としていた女の人が、弾かれたように顔をあげてこちらを見た。
目が合った途端、彼女は何か言いたげに薄く口を開いたが、結局、何も言わずに目をそらした。
葵という名前に反応したのは明らかだったが、彼女も、まさか、と思ったのかもしれない。しかし、不確かなまま、見ず知らずの彼女に、今朝、うちを覗いてましたよね? なんて言えるはずもない。
「あ、うん。気にしないで」
沙代子がそう答えると、天草さんは予約箱から本を取り出し、彼女の前にそれを差し出す。
表紙に折り目がついてしまっている、お世辞にもきれいとは言えない、落ちこぼれ魔女と人魚の国だ。
「和久井さま、お探しの本はこちらでよろしかったですか?」
彼女は和久井というらしい。本の予約をしたときに名前を聞いていたようだ。
和久井さんはその本を見た途端、口もとに手を当てた。そして、声を震わせてつぶやく。
「水無月銀先生の落ちこぼれ魔女が本当に見つかるなんて……」
天草さんは黙ったまま、感極まった様子の彼女を見守っている。
「あっ、ごめんなさい。まさか、本当に見つかるなんて思ってなくて」