失くしたあなたの物語、ここにあります
 しばらくして、和久井さんは恥ずかしそうに目尻をぬぐう。

「見つかってよかったですね」

 口もとに柔らかな笑みを浮かべる彼は、やはり優しい。

 誰にでも優しいその姿を見ると、自分は特別じゃないのだと思い知らされる。だけれど、今さら傷つく必要はない。父も母も、別れた恋人でさえ、彼らにとって沙代子は一番ではなかった。

「はい、本当に。水無月先生の本は本当にないんですよ」
「状態の方は大丈夫ですか? 電話でもお伝えしましたが、少々劣化してまして」
「え、ええ、全然。言いましたでしょう? 水無月先生の本は見つかるだけすごいんです。幻だって言われてるぐらいなんですから」
「そんなに珍しいんですか? アニメ化もされてるのに」

 沙代子は気になって、思わず尋ねていた。

 落ちこぼれ魔女シリーズは小学時代、クラスメイトのほとんどの女の子が知っているアニメだった。その原作小説が手に入りにくいなんてことあるだろうか。

 和久井さんは突然声をかけられ、面食らったように沙代子を眺めた。

「あっ、ごめんなさい。私もその本、昔から大好きで……つい」

 沙代子は肩をすくめる。またやってしまった。どうも、古本を買いにくるお客さんに首を突っ込んでしまう性分らしい。

「あなたも知ってるの? 水無月先生の本」

 気を取り直して、和久井さんはそう言う。

「実はその本、何回も読んだことあるんです。アニメも大好きで、そんなに貴重な本だなんて思ってなくて」
「……じゃあ、ご存知ないのかな。水無月先生の書かれた落ちこぼれ魔女は、これ一冊なんです。人気アニメの落ちこぼれ魔女は別の作家さんが書いたものなの」
「えっ、そうなんですか?」

 それは初耳で、沙代子は目を丸くして驚いた。だからか、彼女はさらに続けた。
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