失くしたあなたの物語、ここにあります
 先生は質問に質問で返した。京子の答えを楽しみに待つように、穏やかに微笑んでいる。その笑みがどれほど魅力的なのか自覚のない彼の視線にどきどきしながら、京子は答える。

「私だったら、優秀なヒロインより、ちょっとドジな女の子がいいです。そういう女の子が一生懸命がんばるお話。あきらめなければ、夢は叶うんだぞって思えるような」
「では、こうしよう」

 そう言って、先生はデスクの上にあった一枚のプリントをたぐり寄せると、達筆な文字でさらさらと、『落ちこぼれ魔女』と書いた。

 それから1週間後、水無月先生は胃痛を訴えて入院した。

 すぐに同じサークルの友人数人とともにお見舞いに駆けつけると、先生はベッドで上半身を起こし、サイドテーブルの上でノートを開いてさらさらと鉛筆を動かしていた。

「先生、もしかして落ちこぼれ魔女書いてるんですか?」

 京子が足早に歩み寄ると、先生は穏やかに笑んで、ノートをそっと閉じた。

「見せてくれないんですか?」

 ちょっとむくれて言うと、先生は屈託なく笑った。

「ライバルには見せられないね。しかし、見舞いに来たのか? 明日には退院するんだ。わざわざよかったよ」
「みんな、先生が心配なんですよ?」
「そんなこと言って、病室が見たかっただけじゃないのか?」

 先生は冗談めかしてそう言ったが、それが冗談になるぐらい、先生の病室は豪華な個室だった。彼は田舎育ちだと聞いていたが、どこぞの名士の息子なのかもしれない。

 水無月先生は京子にとって、尊敬できる恩師でありながら、一人の男性としても魅力的な壮年の紳士だった。
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