失くしたあなたの物語、ここにあります
「こんばんは、天草志貴(しき)です。驚いたな、お客さんだったんだ」
「驚いたって、私も。どうしてうちに?」

 まろう堂の店主は沙代子がいると知らずに訪ねてきたようだ。いったい何の用だろうとけげんそうにしてしまったのか、彼は申し訳なさそうにする。

「こんな時間に突然すみません。一度、娘さんにはごあいさつしないとと思ってて」
「ごあいさつって? 父のことで?」

 生前、父はまろう堂の店主さんに自宅の場所を教えるほどの関係を築いていたみたいだ。

 しかし、親子ほど年齢が違うであろう、閑古鳥の鳴く古本屋店主の父と、おしゃれなハーブティー専門店店主との接点が全く想像つかない。

 どんな関係なのだろうと考えているうちに、彼は真っ白な紙袋を差し出してくる。

「生前、銀一(ぎんいち)さんにはお世話になりました。うちの農園で扱ってる茶葉なんですけど、お近づきのしるしに、よかったら」

 銀一は父の名だ。銀一の娘を訪ねてきたのは間違いがないようだ。しかし、なぜ娘が来ていると知っているのだろう。

「あ、ありがとう。でも、どうして私に?」
「最近、(あおい)さんのお宅に若い方が出入りしてるようだけど、このところは毎日いらっしゃるから、もしかしたら銀一さんのお嬢さんが引っ越してきたのかもしれないって聞いたんです。それで、あのー……、両親にそう話したら、すぐにでもあいさつをって」

 うわさを聞きつけてやってきたと白状してることに気づいたのか、段々と言いにくそうにする彼は、無意識にだろう、隣の家の方へ目を向ける。

 隣には、話好きなおばさんが住んでいる。きっとうわさしているのだろう。
< 9 / 211 >

この作品をシェア

pagetop