失くしたあなたの物語、ここにあります
「ええ、不慮の事故だとか。とても優しい人格者な方だったから、神様に好かれていたのかしら」

 そうでも思わなければ納得できないというように、彼女はまぶたを伏せた。

「最期に、お会いできたらよかったですね」
「あまり贅沢は望まないけれど、そうですね、会いに行ってみます」

 一つまばたきをしたあと、和久井さんの目には力強さが宿る。ぴんと伸ばした背筋は、その決意の表れだろう。

「会いに行くって?」
「何度もここへ来ては尻込みしたりして……。ずっと勇気が出なかったんだけど、先生のお墓参りに行こうと思うわ。サークル仲間を頼りに調べて、ようやく先生の生まれ故郷が鶴川にあるって知ったんです。仕事の関係上、月曜日しかこちらに来られないから、また来週にでも」

 そう言って、彼女は自虐的にそっと笑む。決意表明したばかりなのに、来週に先延ばししたように感じたのだろう。だけれど、彼女は来週、必ずお墓参りに行くだろう。沙代子にはそう思えた。

「お仕事は何を?」
「図書館で司書をしています。あっ、そうだ。毎月、小学生向けにおすすめの本を図書館だよりに載せているんです。来月は落ちこぼれ魔女シリーズをおすすめしてみようかしら」
「いい考えですね」
「ありがとう。ごめんなさいね、こんなおばさんの昔話に付き合ってもらっちゃって」

 和久井さんは立ち上がって、恥じらいながらそう言うと、きっと学生のころに見せていたのだろうと思う瑞々しい笑顔を天草さんへ向けた。

「店主さん、この本、いただいてもいいかしら?」
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