失くしたあなたの物語、ここにあります
 天草さんはふしぎそうに首を傾げる。

「父は古本屋を始める前、大学で働いていたの」

 それは、沙代子が生まれる前のこと。

「もしかして、和久井さんの言ってた文学部の助教授って」
「きっと父だと思う。母は看護師なの」

 こんな偶然あるだろうか。いいや、きっとない。

「それじゃあ、落ちこぼれ魔女の親友の名前って……」
「さよ子ちゃん。ひかえめでかわいい正義感の強い女の子。和久井さんの話、あれは両親の話だったんだと思う」
「水無月銀っていうのは、じゃあ」
「うん、父だと思う。水無月ってね、葵月っていう別名があるの。和久井さんも、水無月先生の呼び名は愛称だって言っていたから、言葉遊びが好きだった父は、そうやって学生さんに親しみを込めて呼ばれてたのかな」
「ああ、それで、水無月銀なんだ」

 天草さんは納得したようにうなずく。

 母はいつも父を『銀さん』と呼んでいた。幸せだったあの頃だけじゃない。今でも、母はそう呼ぶ。

 本を抱きしめる腕に力を込めると、天草さんは目を細めてほほえむ。

「よかったね、葵さん」

 意外な言葉に、沙代子は首を傾げる。

「よかった?」
「そうだよ。葵さんはご両親の理想のさよ子ちゃんなんだね。葵さんが沙代子さんって名付けられたことが、ご両親に愛されてたって証明になるんじゃないかな?」

 天草さんはいつも驚くほどに肯定的だ。だけど、そんな彼の優しさを素直に受け入れてもいいんじゃないかと沙代子は思う。

「今度こそ、この本はなくさないように大切にする」

 沙代子はそう誓って、父の墓石に向かい合う。

「お父さん、来たよ。今日はたくさん聞いてほしい話があるの」






【第二話 落ちこぼれ魔女の親友 完】
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