失くしたあなたの物語、ここにあります
第三話 思い出を記憶する月刊誌
 長い梅雨がようやく明け、日ごとに暑さが増す7月半ば、お客さんを送り出した沙代子が『本日閉園』の看板を販売所のドアに引っ掛けていると、天草さんが坂道を登ってくるのが見えた。

「天草さ……」

 彼に向かって振ろうとした手を、沙代子はとっさに引っ込めた。彼の隣を歩く女の子に気づいたからだ。

 女の子は学生だろうか。ティーシャツにジーンズというシンプルな服装だけれど、モデルのようにおしゃれに着こなす若い女の子だった。

 沙代子が天草農園でアルバイトを始めてもう二か月ほどになるが、彼が誰かと訪れるのは初めてだった。

 誰だろう。友だちのようには見えないし、恋人のような距離感でもない。もしかして、気になっている女性だろうか。それにしても、年齢差があるように見える。

 そんな余計なことばかり考えていると、親しげな様子で話をしていたふたりが沙代子に気づき、天草さんが率先して足早にやってくる。

「さっき、車が出ていったけど、最後のお客さんでよかった? 入り口の看板、閉園にしてきたからさ」
「うん、最後のお客さん。いつもありがとう」

 そう言いながら、女の子を気にする視線を向けると、彼は屈託のない笑顔で言う。

「こちら、いとこの綿矢(わたや)うららさん。夏休みの間は農園の手伝いしてくれるから、よろしくね、葵さん」

 いとこなんだ。すんなりと腑に落ちる。

「はじめまして。うららです。普段は大学で三年生やってます」

 天草さんに紹介されたうららという女の子は、おどけるようにそう言うと、はつらつとした明るい笑顔で頭を下げた。はずみでぴょんと揺れるポニーテールが性格を表していそうな、元気な女の子という印象だ。

 沙代子もあわててあいさつする。
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