失くしたあなたの物語、ここにあります
 急に生真面目な表情をしたうららは、律儀に頭をさげる。

「えっ、私? そんな話、おばさんしてた?」

 驚いて、天草さんに確認すると、彼も即座に首を振る。

「いや、聞いてないよ。迷惑だったら断ってくれてかまわないから」
「迷惑じゃないよ。でも、教えるとか……責任重大じゃない?」

 嫌ではないけど、荷が重い。自分でさえ、ようやくお菓子作りに前向きになってきたところだ。

 しかし、沙代子の不安など気にしてない様子で、うららはまばゆい眼差しを向けてくる。

「この間、じゃがいものスイートポテト、おばさんからもらいましたっ。シナモンがほんのりきいてて、すっごく美味しかったです。あれ、沙代子さんが作ったんですよね?」

 それは、ご近所さんからもらったじゃがいもで何か作れないかと、天草さんのお母さんから相談されて作ったスイートポテトのことだろう。

「ああ、それ、俺も食べた。美味しかったよ」

 さらりと天草さんは答える。

「えーっ、ふたりとも食べたの?」
「葵さんって、野菜スイーツが得意なんだってね。葵さんをここで働かせておくのはもったいないって、母さん言ってたよ」
「体に優しいスイーツ作りたくてたどり着いたのがベジスイーツだったの……って、そうじゃなくて、おばさんがそんなこと言ってたの?」

 いつも、ずっとここで働いてもいいのよって言ってくれてるのに。

「いよいよ、おばあさんのレシピでハーブのケーキ作るんだって聞いたけどさ、葵さんは葵さんのケーキを作ってみるのもいいんじゃないかな?」
「それじゃあ、天草農園のケーキじゃなくなっちゃうじゃない」
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