片想いに終止符を
1
高校一年生の春。
ピンク色の桜がヒラヒラと散り始めた四月の終わりに、わたしは彼と出会った。
その日はあいにくの雨だった。
わたしはいつも通りの時間に家を出て、いつも通りの電車に乗った。
しかし、それがいけなかった。
いつも人が多い電車内は、雨の影響でいつもよりさらに人が多かった。
普段なら座れるはずだった。
けれど、人が多くて座ることも叶わず、仕方なくドアの近くの手すりに捕まる。
電車が駅のホームに停車する度に、人もどんどん増えていく。
人が乗り込んでくる度に移動したため、わたしはいつの間にか電車内の真ん中で立っていた。
人とこんなに密着するのは初めてのことで、だんだん恐怖が沸き起こり、背中を冷や汗が伝う。
背の低いわたしは押しつぶされるような形になり、少しの息苦しさも感じてきた。
しかも、ジメジメとした電車内は熱気がこもって蒸し風呂状態。
くらり。
突然、視界が揺らいだ。
恐怖に気を取られ気が付かなかったが、体調も悪い。
これ以上、体調が悪くなる前に電車を降りてしまおう。
そう思ったけれど、人に埋もれ思うように体が動かせない。
もうダメかもしれない……。
そう思ったとき。
腕を力強く引っ張られた。
なに?と思っているうちに人混みをかき分けて、いつの間にか外に出ていた。
息苦しさから解放される。
新鮮な空気を胸いっぱいに、吸って吐いてを繰り返す。
「おい!大丈夫か?」
焦ったような声にハッとして、顔を上げる。
190cmはありそうな高身長。
緩められたネクタイに、第二ボタンまで開いたワイシャツ。
気崩された制服。
金色の髪に、バチバチとピアスがついた耳。
その格好にびっくりする。
ふ、不良!?
でも、助けてくれたし、悪い人ではないよね……?
それに、表情からわたしのことを心配していることが分かる。
「えっと、大丈夫です……。」
わたしより年上だろうと思い敬語を使う。
普通に話したはずが、蚊の鳴くような小さな声になってしまった。
すると、わたしと同じ制服を着た男子生徒は、バツの悪そうな顔をした。
「わりぃ。聞き方が悪かった。そんな真っ青な顔して大丈夫なわけないよな。」
そう言うと、男子生徒はゆっくりと人のいないベンチまで誘導してくれた。
わたしがベンチに座ると、男子生徒はスクールバックからおもむろにタオルを取り出す。
不良っぽいのにタオル持っているんだなぁ。とぼんやり思う。
すると、ズイッとタオルを差し出される。
「とりあえず、コレ使え。」
「あ、ありがとうございます……。」
ありがたく受け取ると、男子生徒はどこかへ行ってしまった。
助けてもらったし、お礼をちゃんと言いたかったな。
男子生徒から貸してもらったタオルで、汗を拭う。
少し休んで気分が落ち着いてくる。
人混みから抜け出せたことや、蒸し風呂状態の電車から抜け出せたのが良かったのだろう。
そんなことを思っていると、行ってしまったと思っていたさっきの男子生徒が戻ってきた。
「これ。」
そう言って手渡されたのは水だった。
わたしのために水を買いに行ってくれていたらしい。
その優しさにじんわりと胸が温かくなる。
「ありがとうございます。……あ。お金……!」
わたわたとお金を出そうとする。
パシリ。
突然、手を掴まれた。
「金なんていいから、早く飲め。体調悪いんだろ?」
男子生徒が、わたしに渡してくれたペットボトルを奪い取る。
パキッと音を立てフタを開けた後、それをまた、わたしに渡してくれた。
「ありがとうございます……。いただきます。」
ゴクゴクと喉を潤す。
「……まだ、体調悪ぃか?」
隣にドカっと座った男子生徒が心配そうに尋ねてくる。
「あなたのおかげでだいぶ良くなってきました。」
座ったまま深々と頭を下げる。
「あの、助けて下さり本当にありがとうございました。」
「気にすんな。それより、悪かった。」
「え?」
謝られる理由がわからなくて首を傾げる。
「いきなり腕掴んで驚かせただろ。」
確かに、突然腕を掴まれ引っ張られたことには驚いた。
でも……。
「その行動のおかげでわたしはここに座っていられます。」
あのまま、電車に乗り続けていたら体調がもっと悪くなっていたかもしれない。
もしかしたら、救急車で運ばれる事態になっていたかもしれない。
最悪のことを考えゾッとする。
「本当にありがとうございました。」
もう一度、頭を下げる。
「礼はもういい。」
男子生徒は、こっちを見ずに言う。
でも、次の瞬間、男子生徒はこっちを向いた。
「お前が元気になったんならそれでいい。」
とても優しい声で言ったあと、男子生徒はフッと笑った。
その笑顔に、目を奪われる。
優しく微笑むその表情は、思わず見惚れてしまうほどの笑顔だった。
優しい笑顔に目が逸らせない。
この時、わたしの救世主でヒーローである、桐生京真くんの優しさと、素敵な笑顔に心を一瞬で奪われた。
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