双子王子の継母になりまして~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~2

プロローグ・継母として王妃として


 ――双子王子たちの『橋渡りの儀式』から、二カ月が過ぎた。


 気付けば暖炉に火を入れる季節になっている。

 ベッドの端と端で交わしていた眠る前のルイゾン様とのおしゃべりも、ソファで季節の飲み物を味わいながらに変わっていた。その方が、落ち着いて長く話せるとルイゾン様から提案されたのだ。

 寝室の暖炉に向かい合うように置かれたソファは、私たちだけの寛ぎ場所だ。私は湯気の立つカップをふたつ手にして、ルイゾン様の隣に腰を下ろす。

「今夜は少し冷えるので、ジャネットが特製ホットワイン(ヴァン・ショー)を用意してくれました」

「うまそうだな」

 ルイゾン様はカップを受け取って、柔らかい笑みを浮かべる。

「王子たちは今日、なにをしていたんだ?」

 真っ先に話題に出るのは、ロベールとマルセルのことだ。待ってましたとばかりに私は報告する。

「最近始めたマナーのレッスンを頑張っていましたわ。疲れたのか、夜はすぐに眠ってしまいましたけれど」

 あっという間に寝息を立てたロベールとマルセルの薔薇色の頬と長い睫毛を思い出して、私は微笑んだ。

「ふたりとも、四歳とは思えないくらい飲み込みが早いと先生は言っていました」

「それはよかった」

 ルイゾン様は穏やかな口調で頷く。時間があれば、ご自分でも見に行きたいと思っているのだろう。

 ――わかる。

 心の中で激しく頷いた私は、ルイゾン様のために付け加えた。

「今日の課題はお辞儀だったようで、ふたりとも懸命に練習を繰り返していました。先生の言うことをきちんと聞いて覚えようとしている様子が、本当にいじらしかったです。手に汗握って応援しました」

「ジュリアも見学していたのか?」

「ええ。といっても、窓の外からふたりの様子を眺めていただけです」

 私がいると集中の邪魔になるだろうと遠慮したのだ。ルイゾン様の笑みがさっきより深まる。

 なにかおかしなこと言ったかと聞き返そうとしたが、ルイゾン様はなんでもないようにカップに視線を落とした。

「おっと、冷める前に飲もう」

「あ、はい。そうですね」

 促されて、私はカップに口をつける。林檎とシナモンの香りがふわりと広がり、ハチミツの甘みがまろやかに喉の奥に溶けていった。

 ――美味しい!

「うん、ジュリアの言う通り、うまい。温まるね」

 私はルイゾン様の横顔を見つめた。

「どうした?」

「私、今、言葉に出していました?」

「いいや」

 じゃあどうして考えていることがわかったのかと聞こうとしたら、先に答えられた。

「美味しいものを味わっている時のジュリアはわかりやすいんだ。考えが顔に書いてあるというか」

「えっ」

 焦った私に、ルイゾン様が笑う。

「大丈夫だ。そこまで読めるのは私くらいだよ。あ、だからといって観察眼は使っていないぞ」

「観察眼を使うまでもなく、わかりやすいんですね……」

 私はカップを持っていない方の手で、片方の頬を隠した。

『髪色が魔力の系統を表す』と言われているこの国では、ほとんどの人が攻撃魔法の赤系か、防御魔法の茶系の髪色をしている。

 例外は三つだけ。

 ルイゾン様の『王族の金髪』と、私の『悪魔(ディアブル)の黒髪』、そして、双子王子たちの銀髪だ。 ルイゾン様の『王族の金髪』と、私の『悪魔(ディアブル)の黒髪』、そして、双子王子たちの銀髪だ。

 金髪と黒髪にはそれぞれ特殊能力があると言われ、ルイゾン様にとっては『観察眼』がそれに当たる。魔力の多寡や、能力の有無、相手の性質、向き不向きなどがわかるらしい。

 だけど最近の私は、その観察眼抜きでルイゾン様に気持ちがバレバレなことが多い。

 ――やっぱり打ち明けるべきかもしれない。

 思い当たる節があった私は、頬の手を下ろしてルイゾン様に向き直る。

「あの、ルイゾン様」

 ルイゾン様は不思議そうに眉を上げた。

「どうした?」

「実は……ルイゾン様といる時の私、他の人といる時とちょっと違うんです。考えが読まれやすいのは、そのせいかもしれません」

 ルイゾン様の声のトーンが変わる。

「ちょっと違う」

「はい」

「それは……どういう意味で?」

 「以前にも増して、ルイゾン様といると嬉しいことはより嬉しく、楽しいことはより楽しくて」

 ルイゾン様は次の言葉を待つように黙り込む。

「僭越ながら私は」

 その沈黙に背中を押されるようにして、言い切った。

「ルイゾン様に安心しきっているのだと思います」

「安心……?」

「はい」

 ルイゾン様はご自分に言い聞かせるように、何度か同じ言葉を繰り返す。

「安心、そうか。安心。うん。なるほど」

 私は暖炉の火を見つめながら、懸念を口にする。

「心を開いているのは以前からですが、最近それが顕著になってきた気がして……あまりにわかりやすいと、王妃として問題ですよね……」

 貴族の社交は腹の探り合いだ。いくらお飾りでも、わかりやすい王妃など話にならない。

「対策として、ルイゾン様への気持ちを抑える訓練をしようかと――」

「そのままでいい」
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