双子王子の継母になりまして~嫌われ悪女ですが、そんなことより義息子たちが可愛すぎて困ります~2


 ルイゾン様が宮廷に向かった少し後で、ロベールとマルセルがマナーのレッスン場に移動する。扉の前まで付き添うのが、私の朝の習慣だ。

 レッスン室の前で、ふたりは私に笑顔を向ける。

「それではいってまいります!」

「母上もしつむがんばってください!」

「ええ、ロベールとマルセルもね!」

 ふたりが背中を向けた瞬間、襟足で切り揃えられた銀髪が軽やかに揺れた。

 出会った頃より、ほんの少し背が伸びたように思える。

 日に日に成長しているのだ。当たり前だけど。

 私はレッスン場の扉が完全に閉まるまで、その場を動かなかった。

 パタンと音がして、ようやく呟く。

「……さて、私も行かなくちゃ」

 切り替えるように、同じ離宮内の自分の執務室に向かって歩き始める。

 王子たちにマナーを教えるガルニス先生は、ルイゾン様と結婚するまでの一カ月の間に私にマナーを叩き込んでくれた先生だ。かなり
年配の男性なのだが背筋がシャッキリと伸びていて、いつもお元気そうだ。

 顔馴染みのせいか、私が王子たちに内緒で窓の外から見学していることを暗に許してくれている。

 ――予定より早く今日の仕事が終わったら、こっそりふたりの練習風景を見に行こうかしら。

 そう考えた私は、それを励みに今日の執務を片付けようと思った。

 だけど、そううまくはいかなかった。

「王妃殿下、こちら追加の分です」

 執務机に着くなり女官長のフロランスが現れ、私の目の前にどさっと経歴書を置いたのだ。

 どれも私の侍女頭に志願した方のものだった。

「こ、こんなに?」

 茶髪をキリッとまとめたフロランスは頷く。

「まだ決まっていないことが噂になっているようで、さらに増えました」

「早く決めなきゃいけないのはわかっているんだけどね……」

 ざっと三十人ほどいるだろうか。すでに何人か面接したのだが、どの方も残念ながらこちらからお断りするしかなかった。たった一名なのだけど、それを選ぶのがなかなか難しい。

 フロランスが冷ややかな口調で言う。

「不適切な方に侍女頭を任せるわけにはいきませんもの。お時間がかかるのは仕方ないかと」

 今までの失礼な応募者たちに怒っているのだ。気持ちはわかる。

『橋渡りの儀式』がきっかけで上級魔法が使えることが知れ渡った私だが、好意的な人ばかり応募してくるわけではなかった。

 実際に顔を合わせると、私の黒髪にあからさまに侮蔑の視線を向ける人、ルイゾン様の寝室の場所をいきなり聞く人など、とんでもない方たちがいた。

「差し出がましいようですが、陛下に観察眼を使っていただくという方法もありますが」

 フロランスの言葉に、私は首を横に振る。

「時間はかかるけど、やっぱり私が選びたいの」

「承知しました」

 それ以上言わないフロランスをさすがだと思いながら、私は何枚かの経歴書を手に取った。いかに立派な家柄の出身か、いかに優れた髪色で魔法の使い手なのかなどが書かれているものばかりだ。

 だけど、私の知りたいことはそこではない。

 手に取った経歴書を戻しながら、私はフロランスに尋ねた。

「歴代の王妃様はどうやって決めていたのかしら」

 フロランスは少し考えてから口を開く。

「ざっくりと申し上げれば、自分のお気に入りかどうかで決めていたようです」

「お気に入り?」

 ざっくりしすぎな気もしたけれど、そんなものかもしれない。長い時間一緒に過ごすのだから、気が合うかどうかは大切だ。

「シャルロット様もそうだったの?」

 前王妃様の名前にも、フロランスは表情を崩さずに応える。

「あの方は、家柄と髪色を重視していたように見受けられました」

 それはそれで、赤毛至上主義の公爵家らしい選択方法だと思う。だが、弱小伯爵家出身で『悪魔の黒髪』の私が、自分の侍女頭を家柄と髪色で選ぶことはない。

 こんな手間暇かかることをせずとも、推薦で選ぶという方法もある。フロランスに頼めば、いくらでも優秀な候補を探し出してくれるだろう。

 ただ、それも良し悪しで、多用すると癒着を生む。そのことを誰よりも懸念しているのは、他でもないフロランスだ。

 ルイゾン様に昔から仕えているフロランスと主席近侍のオーギュスタンは、その辺りもきちんと弁えている。

 今、王子たちに初歩的な勉強を教えている家庭教師のデボラはフロランスの親類だが、フロランスが推薦したのではなく、オーギュスタンがデボラならばと探してきた。

 だから私も、できるなら自分で見つけたいと思っている。私に仕えてくれる侍女頭を。

 私は少し考えてから口にする。

「お茶会でも開きましょうか」

「お茶会ですか?」

「ええ。侍女頭の希望者は絶対に参加するのが条件よ」

 フロランスは合点したように頷いた。

「つまり、いらっしゃらない方は失格ということですね」

「そういうこと」

 プライドの高い貴族のご夫人たちだ。お茶会の名目があるとはいえ、人と比べられる場所に出るのを嫌がる人も多いはずだ。

「それで辞退するなら仕方ないわ」

 私が望むのはひとつだけだ。

 銀髪のロベールとマルセルをそのまま受け入れてくれる人かどうか。

 そのためにはまず、黒髪の私を受け入れているかどうかを見るのが早い。いずれにせよ顔を合わせなくてはわからないのだ。

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