異動する先輩から食事に誘われたら






 先輩に連れられて、近くのビルの展望フロアに来た。

 道中の会話はやっぱり盛り上がらなかった。

 窓際にはカップルがたくさんいて、私の緊張はさらに増した。

 周りから見たら私と先輩も恋人に見えるんだろうか。

 どきどきと思ってから、手を繋ぐカップルを見て肩を落とす。

 まったく距離感が違う。恋人になんて見えるわけない。

「もしかして、緊張してる?」
 先輩に聞かれた。

「はい」
 先輩と二人きりなんて、緊張しないわけない。

「実は俺も」
 先輩がにこっと笑う。

 ぜんぜんそうは見えないんだけど。

 先輩は窓際の手すりに腕をのせ、もたれかかる。

 私はその隣に立ち、ぼんやりと景色を眺める。

 ガラス越しに見える夜景は、友達と見たときよりも妙にきらきらして見える。

「きれいですね」
「そうだね」

 それきり、会話が途切れた。

 先輩はどういうつもりで私を誘ったんだろう。

 来年の今日も食事に、なんて言われたし。

 思ってから、気が付く。

 先輩は冗談のつもりだよね。馬鹿だな、真に受けちゃった。

 いつの間にか、周囲にいたカップルがいなくなっていた。

 もう閉館が近いのかな。

 ひと気が無くなってくると、なおさら落ち着かない。

 だけど、帰りましょうとも言えなかった。

 あと少しだけでも、先輩と二人の時間を感じていたい。

「俺さ」
 言葉が落ちて、私は先輩を見た。

 だけどそれきり、彼は言い淀む。 私は困ってまた夜景に目を戻す。

 先輩はいつもと違い、ぼそぼそと話しだした。

< 3 / 4 >

この作品をシェア

pagetop