正反対の彼と私の24年を経た恋の結末

13.呪いを解いた特別な彼女。(ユーリ視点)

「マリーナ、髪がまだ濡れている。こちらにおいで」

食事中にマリーナを見ると髪が濡れたままだった。
彼女の髪につく雫を取り除いてやりたかった。

彼女は時間がなくて、急いで川で沐浴をしてきたのだろう。
彼女は自分のことに時間を使わない。

「髪など自然に乾燥するので、問題はありません。それよりも、お食事はお口に合いましたでしょうか? 」
淡々と俺の様子を伺ってくる彼女がもどかしい。
俺は彼女の心配ばかりしているのに、彼女は自分自身に興味がない。

「魚の骨を全部抜いたんだな」
ただ焼いただけではなく、魚は骨が全部抜かれていた。

「ユーリ皇子殿下は骨まで召し上がりたい方でしたか。余計なことをしてしまい申し訳ございませんでした」
マリーナが頭を下げるのを俺は見ていられない。

別に魚の食べ方などどうでも良い。
彼女が魚の骨を抜いたり調理に手間をかける暇があったら、少しでも休めたのではと思っただけだ。

彼女は5日間も寝ずに、他者の面倒ばかりを見ている。
俺はマリーナの心配をしているのに、彼女は俺が彼女の仕事に文句をつけたと勘違いをしている。

「マリーナ、お前も食事したらどうだ?」
マリーナは俺の前で寝ることもしないが、食事もしたことはない。

「私のことはお気になさらずに。それよりも皇子殿下、そろそろ呪いがキツくなってきたのではございませんか?どうぞ横になりお眠りください」

俺は彼女のことばかり考えているのに、彼女は自分のことを気にするなという。
確かに夜も更けてきて、体の自由がきかなくなってきた。
彼女と話がしたいのに、喉が詰まる感じがする。

俺はこのまま窒息しそうなほど苦しくても、彼女と会話できる時間を大事にしたい。
それ程に俺にとって彼女は見たこともない女で、いつ消えてもおかしくない不安感を与える女だった。

「正直、色々考えることがありすぎて眠れない」
俺を殺そうとした刺客、母上の死の真相、そして感情を無くしたようなマリーナの笑顔が見たい。

「では、子守唄を歌って差し上げますので、お眠りくださいな」

マリーナは13歳の普通の女の子ではない。
そして、俺の知っている他のどの女とも違う。
彼女は俺が会ったこともない母を慕っていると言ったが、想像して美化しただろう母でさえマリーナのように聖母のような女ではない。

マリーナは俺にとって、想像を超えた理想の女だった。
献身的で、賢く、感情的にならない。
女が感情的にヒステリックに喚くのが嫌いだったはずなのに、マリーナに対しては彼女の感情が見たいと思う。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし」

マリーナが子守唄と言って呟き出した言葉は、意味のよくわからない呪文のような言葉だった。
彼女の言葉に反応するように、俺の呪いの紋様が薄くなり出す。
息苦しさがなくなっていく、この不思議な感じは何なのだろう。

「マリーナ」

俺は彼女に話しかけようとしたが、余程この子守唄がお気に入りらしく彼女は淡々と続ける。


「猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ」

マリーナが俺に目もくれず、唄った詩のようなものの一節と共に俺の呪いは消え去った。

「マリーナ、呪いが消えたぞ!今の呪文はなんだ!お前の自作の詩が俺を救ったのか? 」
俺は体から全ての紋様が消えたのを見て、嬉しくて彼女に抱きついた。

「本当に呪いの紋様が消えてますね。今のは自作の詩ではありません。作者も分らない物語の一節です。私は何の取り柄もない女です。それでも偶然にも呪いがとけたのなら、良かったです」

何の取り柄もないと言った無表情の彼女は俺の心をとらえて離さない。
そして、なぜ5日間という短期間で騎士たちの心をどんどん掴み、知識も豊富な彼女が自分を無価値のように言うのか理解できない。

「お前は何者なんだマリーナ!お前程の女に取り柄がないとは謙遜にも程があるぞ。5日で俺の心を虜にしたお前が何を言う」

呪いが解けて体が軽い、俺はマリーナを引き寄せ力の限り抱きしめた。
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