『人生 ラン♪ラン♪ラン♪』 ~妻と奏でるラヴソング~
 本社の役員を手懐(てなず)けた支社長に怖いものは無くなり、横暴な言動が目立ち始めた。成績の上がらない営業担当者には容赦ない罵声を浴びせ、人格を否定するような追及が行われた。
「目標を達成するまで帰ってくるな!」
「やる気がないなら辞めてしまえ!」
「給料泥棒!」
「その陰気な顔をなんとかしろ!」
「親の顔が見てみたいよ!」
 多くの社員にパワハラが繰り返され、取り巻き社員も支社長に加勢した。大人のいじめが支社内に横行した。
 
 パワハラだけではなかった。総務課の女性社員が上司に妊娠を告げた時、それは起こった。その上司は支社長と長い付き合いのある取り巻きの重鎮だった。
「妊娠? じゃあ、辞めるんだね。すぐに君の後釜を探さないとね」
「えっ、辞めるって……、私は出産後も働き続けるつもりです」
「うそっ、辞めないの? 勘弁してよ」
「勘弁してって……、どういうことですか」
「出産休暇、育児休暇、時短勤務、それって、他の社員にどれだけ迷惑がかかると思ってんの。ただでさえ人が足りないのに、総務課の仕事が回らないだろ」
「わかっています。でも……」
「わかってるなら辞めてよ」
「でも、働き続けたいんです」
「なに言ってんの。子供を産んだら、母親として一日中子供の面倒を見るのが一番なんだよ。会社を辞めて子育てに専念しなさい」
 そこまで言われたら辞めるしかなくなり、失意のうちに会社を去っていった。しかしそれは総務課にとどまらず他の課でも行われた。まるで支社長が指示したかのように同じ対応が繰り返された。妊娠した女性に対する大人のいじめが横行した。
 
 パワハラで精神を病んで休職する男性社員が増えると共に、妊婦へのハラスメントで退職する女性社員が増え、支社の業務は回らなくなった。それでも支社長は、「無能な奴や使い物にならん奴はどんどん辞めさせろ」と檄を飛ばし続けた。そして、不足する人員を最低限の派遣社員補充で乗り切ろうとした。しかし、当然のように社内の士気は下がり、それと共に支社の売り上げが落ち、その下落幅は年々拡大していった。支社長は担当役員を巻き込んで適当な言い訳をして逃れていたが、下落幅が二桁になった時、さすがにおかしいと本社も気づき、すぐに徹底的な調査が始まった。その結果、事実が明るみに出て、東京支社の膿を一掃する人事異動が発令された。支社長はもとより、支社を管轄する本社の役員も閑職に追いやられ、日を経ずして彼らは会社を辞めていった。わたしが急に東京支社に呼び戻されたのは、こういう訳があったのだ。
「ありがとう、話してくれて」
 言いにくいことを伝えてくれた社員に頭を下げた。

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