『人生 ラン♪ラン♪ラン♪』 ~妻と奏でるラヴソング~
          *  *
 支社長に就任して半年が過ぎた頃、上司から虐めを受けて傷つき自宅療養していた男性社員が、一人二人と戻ってきた。そして、妊婦ハラスメントで辞めざるを得なかった女性社員も、出産を経て復職してきた。確実に社内の空気は明るくなっていった。
 
 仕事に復帰した30代の男性社員から出社当日にメールが届いた。
「多大なお力添えをいただき、本当にありがとうございました。心より御礼申し上げます。
 もう仕事に戻るのは無理だと諦めていました。前支社長から受けた酷い言葉が頭に浮かぶ度に吐き気を催し、実際に何回も吐きました。夜も眠れず、ふらふらと、夢遊病者のような毎日でした。そのうち自分を責めるようになりました。こんな弱い自分だからいけないんだと、自分の存在価値を疑うようになりました。自分なんて、自分なんていなくてもいいんだ、毎日そう思って生きていました。そして遂に絶望が襲ってきました。深い闇の中で、こう考えるようになりました。もう生きていても仕方がないと。
 そんな時でした、支社長が家に来られたのは。支社長の温かい言葉がなかったら、私は自らの手で命を絶っていたかもしれません。ギリギリのところでした。
 まだ心の安定は得られていませんが、なんとかやっていけると思います。道は長いと思いますが、温かく見守っていただければ幸いです。本当にありがとうございました」
 
 復職した女性社員からもメールが届いた。
「妊娠がわかった時は嬉しくて嬉しくて天にも昇るような気持ちでした。だから、上司にその報告をした時は喜んでくれるものとばかり思っていました。しかし、おめでとうの言葉もなく、退職を勧められました。予想もしていない言葉を受けて、呆気にとられてしまいました。私は何か悪いことをしたのでしょうか? 子供を育てながら仕事を続けたい、家庭と仕事を両立させたい、そう考えていた私の夢は砕かれました。
 日本は少子化が進んでいます。それは将来を担う若者が減っていくことを意味しています。日本はどんどん厳しい状況になっていくのです。そんな中で、私が産もうとしている子供は、日本の将来を支える貴重な、なんと言うか、日本の宝とも呼べる存在ではないでしょうか。私は日本の宝を産もうとしていたのです。それなのに、妊婦はいらない、という冷たい仕打ちを受けました。ショックでした。落ち込みました。夫が慰めてくれましたが、立ち直れませんでした。その日以来、つわりがひどくなり、一日に何度も吐きました。生まれてくる子供のために栄養を取らなくてはいけないのに、ほとんど何も食べられませんでした。点滴を受けるために入院したこともありました。
 不安な気持ちのまま臨月を迎えようとした時でした、支社長が家に来られたのは。会社の対応を詫びていただいた上に、復職への道を開いていただきました。もしあの時、支社長の温かい言葉を聞かなかったら、正常な出産ができたのかどうか、考えただけでも恐ろしくなります。でも、妊娠した女性社員の立場に理解を示していただいた支社長のお陰で、私は幸せな気持ちで子供を産むことができました。母になった喜びを感じています。本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます。
 家庭と仕事の両立は簡単ではないと思います。しかし今、私はヤル気満々です。短時間勤務であってもフルタイムの仕事量をこなしていきます。思いもかけなかった復職というプレゼントをいただいたのですから。本当に、本当に、本当に、ありがとうございました」
 良かった……、
 彼らのメールを読んで、そして実際に彼らの笑顔を見て、ホッと胸を撫で下ろした。そして、これからもできるだけの支援をしていこうと強く心に誓った。

< 23 / 164 >

この作品をシェア

pagetop