『人生 ラン♪ラン♪ラン♪』 ~妻と奏でるラヴソング~
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 正社員の心のケアが一段落したので、契約社員の待遇改善に取り掛かった。
 東京支社には『ラウンダー』と呼ばれる契約社員が数多くいて、そのほとんどは女性だった。スーパーマーケットの各店舗を巡回し、自社の売場を見栄え良くディスプレーしたり、試食販売コーナーに立って売り込みをしたりするのが仕事だった。
 その契約社員の定着率が悪かった。採用しても長く続かないのだ。特に、優秀な人の定着率が悪かった。これは支社の活動に大きな影響を及ぼしていた。辞めた人の補充のために年中採用活動をしなければならなかったのだ。新聞や雑誌での募集費用も馬鹿にならなかったが、何より採用を担当する総務課と営業部門の負担が半端なかった。年中、面接に追われていたのだ。更に、教育研修課の負担も大きかった。新たに入社した人の導入教育を年中行っていたので本来の仕事に支障が出ていた。この問題の解決が喫緊の課題だった。
 
 なぜ契約社員の定着率が悪いのか?
 原因は二つ考えられた。一つは、賃金の低さ。もう一つは、人間関係。
 さっそく、賃金体系の見直しに着手した。優秀な契約社員の定着率を上げるためである。
 正社員の賃金体系は本社マターなので手を出せないが、契約社員の賃金は支社に任されていた。東京は大阪やその他の地方と違って労働市場をはじめ環境がまったく違うという理由からだった。なので、支社長の権限で契約社員の賃金体系の見直しができたのだ。
 先ず、制度を改めた。やる気がある人もない人も、成績の良い人もそうでない人も、今まではまったく差がつかないようになっていた。そして、契約更新時にも、成績と関係なく全員が前年度とまったく同じ賃金で契約するようになっていた。これを改めなければならない。加えて、将来に夢を持てる仕組みが必要だった。
 
 考えた末に、月給制契約社員と年俸制(ねんぽうせい)契約社員の2つの賃金体系を設定した。そして、契約社員全員を月給制契約社員として同じ賃金でスタートさせ、1年後、会社基準を満たした人とは再契約をし、満たせなかった人とは再契約しないことを明確にした。これなら緊張感を持って働いてもらえるはずだ。そして、再契約する人とは年俸契約を結ぶことを明記した。初年度の年俸は400万円。契約社員の賃金としてはかなりの水準である。各自の成績に対しては5段階で評定を行い、上下20パーセントの差がつくようにした。頑張ればより多くの賃金を獲得できるようにしたのだ。加えて、支社目標を達成した時には契約社員全員に特別手当を支給することにした。個人目標だけでなく支社目標への意識を高めると共に、今まで賞与がなかった契約社員の心情に配慮することによって、一体感が醸成されることを期待した。これなら頑張ろうと思って働いてもらえるはずだ。
 
 更に、正社員と契約社員で差があった福利厚生についても見直した。これは東京支社だけではできないので、大阪本社の人事部と相談しながら進めた。
 先ず、冠婚葬祭の制度改定を行った。契約社員本人の結婚に対し、初婚・再婚にかかわらず、お祝い金を支給するようにした。 
 次に、本人または配偶者が出産した場合のお祝い金を新設した。加えて、出産後に必要となるベビーバスやガーゼ、赤ちゃん用のスキンケア製品をセットにしたものを贈呈することにした。
 更に、契約社員本人やその家族の死亡に対する香典も新設した。本人死亡の場合だけでなく、配偶者や子供、両親の死亡に対しても支払うことにした。それから、災害見舞金も規定を設けて新設した。そして、本人が結婚した場合の慶弔休暇を新設し、加えて、看護休暇制度も整えた。正社員に比べて冷遇されていた契約社員の諸制度が充実し、彼らの不満が激減した。
 
 更にもう一歩踏み込んだ。もっと上を目指す人の挑戦心に火をつける制度を新設したのだ。それは、正社員登用制度。年俸制契約社員の中から特に優秀な成績を上げた人で、かつ、会社の方針をよく理解している人を選抜し、年に一人か二人を正社員に登用する制度である。大阪本社の人事部からは人件費の増加を懸念する声が上がったが、契約社員のモチベーション向上が利益増につながることを強調して押し切った。
 この制度変更により、優秀な契約社員の退職者数は激減した。その結果、採用にかかわる活動や新人への導入研修の時間も大幅に減り、社内が落ち着いてきた。

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