『人生 ラン♪ラン♪ラン♪』 ~妻と奏でるラヴソング~
 その夜は悪夢にうなされ続けた。
 どこにも就職できず、収入はなく、何日も食事が摂れず、遂には飢え死にするという夢だった。
 うなされて目覚めた時、下着とパジャマがびっしょりと濡れていた。

 なんとか体を起こして、シャワーを浴びたが、そのあとは何をする気も起らず部屋でボーっとしていた。
 時間になったので、朝食も摂らずに家を出た。
 大学へ向かう足取りは重かった。
 でも、心はもっと重かった。
 
 就職課で用件を告げると、
 5分ほど待たされてから係長が目の前に座った。
 厳しい表情だった。

「東京に本社のある会社は、もう残っていない」

 冷たい言い方だった。
 わたしはうな垂れた。
 自分の甘さが招いたこととはいえ、思い切り落ち込んだ。
 何か言おうとしたが声を出せなかった。
 もちろんそれで終わりにするわけにはいかないので、
 どこでもいいから紹介してくださいと頼むべきなのだが、
 その言葉が出てこなかった。
 頭がボーっとして、(かすみ)がかかったようになっていた。

「ただ」

 声に反応して顔を上げると、係長は手元の書類をこちらに向けた。

「大阪に本社がある食品メーカーの東京支社で二次募集が来ている。営業職が若干名。東京での営業力強化のためと記載されている」

「えっ、本当ですか?」

 信じられない思いで係長を見つめたが、
 すぐに我に返って「是非紹介してください。お願いします」と頭を下げた。
 これを逃せば次のチャンスが無いことは明白なので必死だった。
 それが通じたのか、「わかった」とだけ言って係長は席を立った。
 その後姿には〈次はないぞ〉という文字が浮かび上がっているように見えたし、
〈ラストチャンス〉という文字も見えたような気がした。

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